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タナトス

目を覚ましてベランダに出て、早朝の風を浴びていると、曲がり角にあるごみ捨て場に猫がいるのが見えた。
俺は部屋を出て冷蔵庫から魚肉ソーセージを一本取り出して、ビニールを剥いで半分に折った。小さめの片方を食べながら靴を履いてドアを開け、通路に出る。アパートの階段を降りてごみ捨て場に向かった。
魚肉ソーセージを見せながら猫に近づくと、茶色と白が混ざったような毛色の猫は近づいてきた。名前を付けているわけではないが、この野良猫には二ヶ月ほど前から餌をやっている。ソーセージを地面に落してやると、端の方にかじりついた。
ぼーっと猫がソーセージを食っているのを見ているうちに、いつの間にか手が猫の首へと伸びていって、俺は猫を持ち上げていた。ソーセージを落とした猫がはみゃあ、とかぎゃあ、とか言って講義の声を上げる。俺は怖くなって、自分でもわからないどこかに向かって走り出した。猫が手をひっかいた。痛かったので、俺は猫を振り回しながら走った。
立ち止まったのは、近くを流れる川にかかる橋の下だった。草が伸びているコンクリート護岸の河原に立って、右手の猫を見てみると、ぐったりしているがまだ生きていた。コンクリートに落すと、べちゃ、とかそんな感じの音がした。
うつ伏せになった頭を踏みつけると、細かい骨が折れたような音はしたが、さすがに脳を守る骨だけあって、頭蓋骨は砕けなかった。数度踏みつけると、思ったより鈍い音がして猫の頭が砕けた。血が放射状に飛び散る。ズボンに付かなかったかと心配したが、そんなことはなかった。俺は猫の砕けた頭蓋骨の隙間から指を突っ込んで脳を取り出そうとしたが、ぐちゃぐちゃになっていてわからなかった。目が飛び出してかろうじて視神経が繋がっているのに気づいて、神経を切って目を拾った。予想通りに丸いことがわかって、俺は目を川に投げ入れた。かすかな音がして波紋が広がる。俺は血に濡れた指と靴を川の水に浸して洗うと、アパートに帰ることにした。
俺は、俺が生き物を三ヶ月は飼えない事を知っていた。小三のときに金魚すくいで貰った金魚は、父が水槽に入れてくれたが、二カ月ほど経ったとき指でつまんでつぶしてしまった。小五の時は、クラスで飼っていたおたまじゃくしと蛙を握りつぶした。オタマジャクシは握ると口から内臓が出るが、蛙は脇腹から飛び出してくることを知った。中学の時は母に買って貰ったインコを剃刀で切った。殺した後焼き鳥にしようと思ったが、羽根をむしるのに飽きてやめた。死骸を庭に埋めているとき母にどうしたのかと聞かれたが、死んだから埋葬してる、とだけ答えた気がする。
アパートの部屋に戻ると、まだ彼女は寝ていた。彼女は昨日から俺の部屋に泊まっている。今日は三連休の初日で、彼女は昨日はしゃいでいた。三泊四日一緒にいられるね、と楽しそうに言って、指を絡めて来た。彼女がまだ寝ているので、俺もベッドの上の彼女の隣に潜り込んで、もう一度眠った。眠る直前、時計は六時三十七分を指していた。
その後、俺たちは十一時近くに起きた。昼食に限りなく近いブランチを二人で食べると、何をするでもなくだらだらと二人で過ごした。彼女は俺のノートパソコンでネットサーフィンをしたり、ニンテンドーDSで遊んだり、意味もなく俺に向かって微笑んだり、抱きついてきたりした。のんびりとした、幸せな時間だったと思う。
彼女は晩御飯の材料を買ってくるね、と言って買い物バッグを持って玄関のドアを開けた。彼女は買い物に俺がついて行くのがあまり好きではないらしく、一人で買い物に行くことが多い。俺は返事をして、座椅子のクッションを枕にして寝ころがった。テレビを消すと、部屋は静かだった。隣人の部屋から、微かにテレビの音が聞こえる。
まどろみ始めた俺は突然不安になった。彼女と付き合い始めて四ヶ月になろうとしている。俺は今まで飼っていた動物達のように、彼女を殺すのではないかという不安に駆られた。いままで付き合った女の子とは、二ヶ月くらいでことごとく別れてしまっているのだが、もしかしたらそれは俺が彼女達を殺したくないから、無意識に彼女達を遠ざけていたのかもしれない。とすると、今の彼女と別れていないのは、彼女を殺したいからだろうか。
彼女が買い物に出かけてから十分ほどしかたっていない。俺は立ち上がってシンクを覗き、彼女が洗ってくれた包丁を握った。きらきらと、西日を浴びて刃が光った。俺はその文化包丁をもとあった場所に戻した。
彼女が帰ってきて、手を洗いうがいをするとすぐに料理をし始めた。夕飯はハンバーグのようだった。ミンチされた肉を手に叩きつけて空気を抜く音、ぺた、とかぱちゃ、とか言う音が、俺に今朝殺した猫を思い出させた。川原に落とした猫もこんな音を立てた。彼女も俺に殺されたがっているのだと思って、不安な気持ちが幾分和らいだ。彼女は昨日のオリコンで六位くらいだった歌をハミングしながら、形を整えた肉の塊をフライパンで焼いていく。フライパンからじゅうじゅうという音が聞こえる。
彼女は嬉しそうに、二枚の皿に載せたハンバーグを食卓に運んできた。大きいのがあなたの方で、小さいのがあたしのよ。彼女が皿をことん、という音と共に置いたとき、俺はなぜか勃起していた。彼女に跳びかかって押し倒した。仰向けになった彼女に覆いかぶさる。彼女はびっくりしていたが、すぐに笑って言った。それは、あとにしようよ、ごはん食べよ、ね。