おくりのいずみ

注1:無駄に長い上に未完。長くしすぎた。
注2:二次創作なので公式設定とは関係ない。これはゲーム版のポケモンシリーズを元に、僕が解釈したものなので。

1:ホウエン篇

爽やかな風が草むらを撫で、ハルカの髪を揺らした。
何となく空を見上げる。青空には雲がまばらに浮かび、風に流れていく。
ハルカは視線を前に戻して、歩き出した。
お弁当をお父さんに届けなきゃ。
ハルカの父はオダマキ博士、つまりポケモン博士で、よくフィールドワークに出かけている。というより、だいたいいつも草むらでポケモンを追いかけている。
いい天気に、自然と気分も明るくなる。
もうすぐ101番道路を過ぎ、コトキタウンにはいってしまう。
お父さんは103番道路かも、ハルカはそう考えた。
ふと、風に奇妙な雰囲気が混じっている気がして後ろを振り返る。
かげろうのように、空気が揺れている。
何だろう、と近づいてみると、突風が吹き出してきた。
「きゃあっ」
悪意のこもった風。ハルカは吹き飛ばされて尻餅をついた。
空間が歪み始める。ビリビリと空気が裂ける。その奥に、巨大な赤い目が見えた。
ポケモン? じゃあ、今のは「怪しい風」…?
幼いとは言えポケモン博士の娘である。ポケモンの強大で不思議な力も、身を持って体感しているし、技に関する知識もある。ハルカはこの状況でも冷静でいられた。
裂け目から白い光の塊が飛び出してきた。ふわふわと旋回している。
裂け目から赤い目が見えなくなり、鳴き声が聞こえた。ギゴガゴーゴーッ!! ハルカ には聞き覚えのない鳴き声だった。
空間の裂け目が広がり、また何かが飛び出してきた。というより、ポイッと捨てられたかのように落ちてきた。
白い光の塊──多分ポケモンだろう──が心配そうに落ちてきたものに近づく。
それは人だった。
青い髪をツンツンに立てた男。
白い光はしばらく回っていたが、やがて掻き消えた。
ハルカは男に駆け寄る。
かなり傷ついているが、死んではいない。
見上げると、裂け目は消えていた。
一刻も早く傷ついた男をとこかで手当しなければならないが、ハルカは女の子なので運べない。手持ちのポケモンもアチャモだけである。
とりあえずボールから出してはみたものの、役にたちそうにない。
「せめてワカシャモになってれば良かったかも」
アチャモはハルカを見上げた。だが、それだけである。
父であるオダマキ博士から貰ったのだが、このあたりのポケモンはレベルが低すぎてアチャモのレベルが上がらないのだ。
アチャモにこの人を頼んで街に人を呼びにいこうかな、と言う考えも、アチャモでは頼りなさすぎる事で消えた。
だが、早く呼びに行かなければこの人が危ない。
「ちょっと怖いけど段差を飛び降りればすぐ家に帰れるかも」
ハルカは呟いた。
そして駆け出す。一度決まればやるべき事は明確だ。
だがその時、ミシロタウンから誰かが歩いてくるのが見えた。
ハルカは段差を飛び降りる寸前で止まった。
そして、こちらに歩いてくる少年に呼びかけた。
「ユウキーッ! 大変なの! 早く走ってきてー!!」
遠くに見える少年は、声が聞こえたらしく走り始めた。
だがすぐに途中の草むらでこける。
しかもジグザグマにつまずいたらしく、襲われかけていた。今ではもう、ハルカに呼ばれたからではなく、ジグザグマに追われて走っている有り様だった。
ポケモン持ってるんだから出せばいいのに、とハルカは思った。
彼もオダマキ博士からポケモンを貰っている。彼が選んだのはキモリだ。
ユウキはハルカの横を駆け抜けた。ジグザグマが少し遅れてやってくる。
「アチャモ、火の粉」
ハルカはアチャモに言って、ジグザグマの足を止めた。何度か攻撃すると、ジグザグマはほうほうの体で逃げていく。

「いやー、びっくりしたね」
ユウキが戻ってきて、息を切らしながら言った。
「ユウキもキモリで戦えば良かったかも」
ハルカは言った。
「そうか、そうだね」
と、何故かキモリをボールから出した。
今出しても意味ないかも、とハルカは思ったが、黙っていた。ハルカはこの少年の、ややボケた性格が嫌いではなかった。

「それよりユウキ、この人がね、」
と、男を指差す。
ユウキはわあっ、と驚いた。
「落ちてきたんだけど、傷だらけでしょ、運ばないといけないんだけど、あたしじゃムリかも」
ユウキは頷いた。
「確かに、ハルカにはムリそうだね」
ハルカが何のために呼んだのかが、ユウキには分かっていないようだった。
「だからね、ユウキに運んで欲しいんだけど」
「ああ、いいよ」
彼は事も無げに答えた。
ハルカには少し意外だった。この少年が、ためらいもなくそんな返事をするとは思わなかった。もっと弱気な返事をするかと思っていた。

ユウキが男に触ろうとすると、男の腰に着いていたモンスターボールがガタガタと揺れ、中からポケモンが飛び出した。
四枚の羽根。クロバットだ。
傷だらけのクロバットはふらふらと飛び、ユウキに翼を突きつけた。ユウキはとっさにかわす。どうやら、男を守ろうとしたらしい。
「クロバット! あたし達はね、あなたの『親』を助けたいの! 悪いことはしないわ」
ハルカはクロバットの目を見つめた。
クロバットはハルカをにらんでいたが、やがて自らボールに戻った。
「さすが、ハルカだね」
ユウキが言った。

男を運ぼうと悪戦苦闘していると、男が目を覚ました。呻き、尋ねる。
「ここは、どこだ」
「101番道路よ」
「……、シンオウですら無いのか」
男は小さく呟いた。小さすぎて、ハルカには聞き取れなかった。
「歩ける?」
とユウキが聞いた。
「……」
男は無言で立ち上がろうとして、よろめいた。
ハルカがとっさに支える。
男はありがとうも言わずにハルカを支えにしたまま歩き出した。
「病院に行かなきゃ」
ハルカが男に言う。
「わたしを、知らないのか」
男が言った。
「知らない」
とハルカは答えて、ユウキを見た。ユウキは首を振る。
「有名になった気でいたが、そうか、知らないか」
男は呟いた。
「あなたのクロバット、本当にあなたの事が好きなのね。あなたの事を守ろうとして、あたし達近づけなかったわ」
ハルカが言った。
「……ポケモンなど道具だと思っていたが、……こいつは」
男は言葉の途中で突然黙った。そして、固く口を閉ざした。

男は嫌がったが、どうにかコトキタウンに行き、ポケモンセンター──小さな街では病院も兼ねているから、人の手当もしてくれるのだ──のジョーイさんに預ける。
男はベッドに寝かせられた時、ハルカに五つのモンスターボールを差し出して言った。
「こいつらも頼む」
ハルカは受け取って、ジョーイさんに渡す。
そして男に聞いた。
「マニューラがいたけど、あなた、シンオウから来たの?」
男は答えず、天井を見上げ、目を閉じる。答える気はなさそうだった。
「あなた達、怪我人に話しかけないで」
ハルカたちはジョーイさんに追い出され、ロビーに戻されてしまった。
「何か、怖そうな人だったね」
ユウキがハルカに言った。
ハルカは男の剃り落とされた眉や、鋭い三白眼を思い出したが、
「でも、悪い人じゃないかも」
と答えた。
「どうして?」
「クロバットは懐かないと進化しないし、実際、あんなに信頼してた」
ハルカは、瀕死の重傷を負いながらも男を守ろうとしたクロバットを思い出しながら言った。
「そうなんだ、クロバットって懐き進化なんだね」
ユウキが的外れな感想を述べた。
「そう言えば、あの人がシンオウ地方の人だって言ってたけど、どうして?」
「マニューラを持ってたから」
「マニューラ?」
「ニューラってポケモンの進化系でね、ホウエン地方では発見されてないポケモンなの」
「僕はニューラもわかんないや」
ユウキが尊敬の眼差しを向けた。
「どうしてマニューラを知ってるの? ホウエンにいないのに」
「前にロータって町の祭りみたいなのに連れてって貰ってね、そこにいた女の人が持ってたのよ」
「へぇー」

その時、ジョーイさんの声がした。
「待ちなさい! まだ寝てないと…!」
奥の部屋からさっきの男が出てきた。ややおぼつかないが、しっかりと地面を捉えた足取りで、外に出る。
ジョーイさんがパタパタと走ってきた。
「ポケモンを回復して渡したら、出てっちゃったのよ。まだ外に出られるような状態じゃないし、連れ戻してくれるかしら」


外に出ると、もう男の姿は無かった。
「どこにいったかな」
ユウキがのんびり言った。 「あんまり遠くには行けないかも」
ハルカは言った。だが、確かに見たところ姿は見えない。
空を飛ぶを使われたらさすがに見つけられない。
少し不安になったが、とりあえず探し始める。
うろついていると、103番道路からオダマキ博士が歩いてきた。
「あっ、お父さん」
ハルカは、お弁当の事をすっかり忘れていた。
「お弁当、ごめんね」
「いや、大丈夫だったよ」
と、膨れた腹をさすりながら言った。
「マッスグマが拾ってきた食べ残しを貰ったからね」
「……」
それは人としてどうかと思う。
とりあえず弁当を渡すと、なぜか引き換えに木の実をくれた。
「あのね、ツンツンした青い髪の男の人、見なかった?」
「ああ、すれ違ったな。102番道路を進んでいったようだけど」
「ありがとう!」
ハルカは駆け出した。
「あっ、待ってよー」
ユウキもついていく。
一人取り残されたオダマキは、娘達を見送って102番道路を眺めた。
「何なんだ、一体?」

102番道路の入り口、看板が立っている辺りで背伸びして男を探してみるが、木が邪魔で向こうの方まで見通せない。
「もうちょっと進んだ方が良いかも」
ハルカは初めて訪れる場所なので少し怖かったが、今はあの男が気がかりだった。
「ここを過ぎると、お父さんのジムがあるんだよ」
ユウキが言った。ユウキの父はセンリと言って、トウカシティのジムリーダーをしているのだ。
草むらを通るとポケモンが出てきてしまうので、草むらを避けつつトウカシティへの道を歩く。キョロキョロと見回すが、男は見つからない。
「あなた達、どうしたの」
いきなり声をかけられた。ミニスカートの女の子だ。
「ツンツンした青い髪の男の人を探してるんだけど」
「ああ、見たこともないレベルの高い技を使ってた人かしら。トウカシティに行ったんじゃないかな」
「ありがとう」
ハルカはトウカシティに向かおうとして、ユウキがいないことに気づいた。
見回してみると、木の陰で何かやっている。
「何してるの」
ハルカが聞くと、
「あそこにアイテムボールが落ちてるんだけど、」
と、段差の下を指差した。
「もうっ、そんなことしてる暇はないかも! 早くあの男の人を見つけなきゃ」
ハルカはユウキを引っ張ってトウカシティへと歩いていく。
そんな二人を、ミニスカートの女の子が楽しげに眺めていた。

「あの人、お腹空いてないかな」
トウカシティに着いたとき、ユウキが言った。
「もしそうだったら、この木の実をあげれば良いかも」
ハルカはバッグを示しつつ言った。
「そうだね。あっ、お父さんのジムだ」
冗談のつもりだったのだが、頷かれた上に話題が変わってしまった。
ジムの建物は大きいので、わかりやすい。ここも小さな町なので建物が少ない、と言うのも一因ではあるが。
街中を見て回るが、男はいない。さすがに104番道路にまで足を踏み入れるのはためらわれたので、男の事は心配だが、帰ることにする。
「お父さんに会いに行って良いかな?」
ユウキが聞いた。
「そうだね、せっかくここまで来たんだし」
ハルカは答えた。

「こんにちはー」
と挨拶しながら、ジムの扉を開ける。センリはジムの玄関フロアにいた。
「お父さん!」
ユウキが駆けていく。
「おお、ユウキ! どうしたんだ? こんなところまで」
センリは嬉しそうな顔で言った。普段はジムの仕事が忙しく、家に帰れないので息子に会うのも久しぶりなのだ。
「あたしが、倒れている男の人を見つけて、コトキのポケモンセンターに連れてったんだけど、」
「その人が歩いてどっかにいっちゃったんだ」
「こっちにきたとおもうけど…」
「お父さん、知らない?」
「知らないなぁ、ずっとジムにいたからな」
センリは申し訳なさそうに言った。
「でも、ユウキもハルカちゃんも、2人だけでここまで来たんだろう?  すごいじゃないか。もういっぱしのポケモントレーナーだよ」
ユウキは嬉しそうに笑っている。ハルカは、友達のお父さんに誉められて少し恥ずかしかった。
「そうだ、2人とも、良いものをあげよう。ちょっと待っててくれ」
センリは一度ジムの奥に入っていき、すぐ戻ってきた。
「ほら、ポケナビだよ」
センリはユウキとハルカにポケナビを渡した。
「デボンコーポレーションの社長さんにもらったんだが、コイツは凄いぞ、地図も見られるし、電話もできる。旅に出ると、お母さんが心配するだろうからね」
ユウキはうわあ、と言ってポケナビを眺めている。ハルカはちゃんとセンリにお礼を言った。
「お父さん、僕、旅に出ても良いって事だよね?」
とユウキはセンリに聞いた。
「ああ、いいだろう。ここまで2人で来られたのだから、これからだって心配ないさ。だが、一度家に帰ってお母さんに言っておきなさい」
ハルカはセンリの言葉に少し違和感を覚えた。まるでユウキとハルカが一緒に旅に出るような言い方だ。
「だって、ハルカ! じゃあ、すぐに帰ってお母さんに報告しなきゃ! 僕達、旅に出るんだ!」
ハルカはその時、やっぱりあたしも行くことになっているのか、と悟った。

男の事は気になるが、見つからないので仕方が無い。ハルカ達は102番道路をコトキタウンへと戻っていく。
「はあい、さっきのお嬢ちゃん」
行きにも声をかけてきたミニスカートが話しかけてきた。
「何?」
ハルカは聞いた。
「さっきは忙しそうだったから見逃したけど、あなたトレーナーでしょ? トレーナー同士が視線を合わせたら……」
と、目を閉じて息を深く吸う。
「勝負よ!」
女の子はモンスターボールを突き出して言った。
ハルカもボールに手をかけた。トレーナーに勝負を挑まれたら、受けるのがルールである。トレーナーにバトルを挑まれるのは初めてだが、それくらいは誰でも知っている常識だ。
「あたしはチカ。あなたは?」
「ハルカ」
「そう。じゃあハルカ、行くわよ!」
チカはジグザグマを繰り出した。
ハルカはアチャモを出した。
「ジグザグマ、体当たり!」
ジグザグマが独特のジグザグした走り方でアチャモに迫る。
「火の粉!」
アチャモは火を吐いた。ジグザグマは火の粉を浴びたが、そのまま体当たりする。アチャモは跳ね飛ばされるが、まだ決定的なダメージは負っていない。
「しっぽを振る!」
「もう一度火の粉!」
ジグザグマの動きで、アチャモの防御が下がった。が、アチャモの火の粉がジグザグマを襲う。
ジグザグマはやけどを負った。
「体当たり!」
「火の粉!」
チカとハルカは同時に命じた。
アチャモは体当たりを食らってよろめくが、どうにか耐えた。火の粉を吐く。
ジグザグマは倒れた。
「あー、負けちゃったな」
ジグザグマをボールに戻しながら、チカが言った。
「もうちょっとだったと思うんだけど」
チカの呟きに、ハルカは頷いた。確かに、ジグザグマがやけどを負うという偶然がなければ、ハルカは負けていただろう。
「はい、これ。賞金」
「ありがとう」
ハルカは賞金を受け取ると、思わず笑みがこぼれた。
初めてトレーナー同士のポケモンバトルで勝ったのだ。
「すごいね、ハルカ!」
ユウキが言った。
ハルカは、コトキタウンに着くまでずっとスキップのような足取りだった。

コトキタウンのポケモンセンターに寄ってジョーイさんに男が見つからなかったことを伝えると、101番道路を下って家に戻る。もう、空には星が出ていた。
ハルカは旅に出ることになったと博士に話した。
「おお、そうか、そうか。行くと良いぞ」
意外にもあっさりオーケーが出た。
どこか腑に落ちないハルカだったが、沢山歩いて疲れていたのですぐに眠ってしまう。
その夜は、ミロカロスに乗って見たこともない塔の上を飛び回る夢を見た。

朝、ハルカは博士に起こされた。何か用事があるらしく急かすので、何がなんだかわからないうちに着替えをすませ、研究室に行く。
そこにはユウキもいた。
「ハルカ、おはよう」
「んー」
ハルカは朝が苦手だった。まだうまく頭が働かない。
椅子にストンと腰掛けると、ぼーっと本棚を眺める。
「博士がね、何かくれるんだって。よくわかんないけど博士の方がはしゃいでたよ」
ユウキが話しかけるが、反応はほとんどない。それでもひとりで喋り続ける。
ハルカがポツポツと返事を返すようになってきた頃、ようやくオダマキ博士が現れた。


「開封に手間取ってね」
と、真新しいおもちゃのようにピカピカした赤い機械をハルカとユウキに渡した。
「何? これ」
ハルカは聞いた。ユウキはポケナビをもらったときと同じ動きでそれを眺めている。
「オーキド博士が開発したポケモン図鑑、その三代目だよ」
ハルカはフタを開けてみた。黒い液晶画面が明るくなり、効果音とともに「PokeDex.」と言うロゴが表示される。
「ハルカ達には、これでポケモンの記録をしてもらおうと思ってるんだ」
画面が暗転し、白抜きで「Welcome to the PokeDex!」という文字が表示され、「Please register your name to start using」と続き、文字入力画面になった。
「まずは所有者登録…、名前を入れてくれ」
操作に慣れないのと寝起きのために何度か間違えながら、ハルカ、と入力する。ユウキを見ると、ユエキになっていた。
「それ、間違ってる」
とユウキに言うと、本当だね、と言って、ユウカ、と打ち直した。ハルカはユウキから図鑑を取り上げて代わりにユウキ、と入力してやった。
その後数個の入力項目を埋めると、「Now analyzing...」と表示され、2、3秒後、図鑑画面になった。ハルカの図鑑は、No.001キモリ、?、?、No.004アチャモとなっていた。
「手のひらサイズでこんなにハイテクな図鑑、オーキド博士はやっぱり格が違うな」
博士が自慢げに言う。
実際には、ハルカのような少女の手には余るサイズなのだが。それでも機能を鑑みれば十分小さいと言える。
「いっつも外にいるんだから、自分で使えば良いかも」
と、図鑑を下にスクロールしながらハルカは言った。それであっさりと旅に出る許可を出したのか、と思いながら。
「いやー、あんまり遠くに行くと怒られるんだな」
と、博士は頭を掻いた。割と恐妻家な彼である。
「それと、これもあげよう。モンスターボールだ」
ハルカとユウキに五個ずつ渡す。
「それが無くなっても、フレンドリィショップに行けば売ってるからね」
ハルカは頷いた。ユウキは図鑑でキモリを調べて、キモリはもりとかげポケモンなんだあ、とはしゃいでいる。

その後ユウキは何故かハルカと一緒に朝食を食べた。自分の家で一回食べているのにも関わらず。
そして、旅に出る。母と少し話をしてから門を出ると、博士が自転車を引っ張り出していた。またフィールドワークに出かけるつもりだろう。因みにその時、旅立つハルカ達にかけた言葉は、頼んだよ、だった。

今日もいい天気だった。青空の下、大声で鼻歌を歌うユウキと一緒に101番道路を歩いていると、草むらからケムッソが飛び出してきた。
ハルカはアチャモの「引っ掻く」でケムッソを弱らせると、モンスターボールを投げて一発で捕まえた。初めて野生のポケモンを捕まえたのだが、博士が捕獲するのを幼いときから見ているので、大した感慨は無かった。ユウキもボールを二回投げてケムッソを捕まえたが、こちらは大はしゃぎで、ケムッソをボールから出して連れ歩いた。

コトキタウンに着いた。昨日も来た町だが、心境が違えば違って見える。町の全てが輝いて見えた。ポケモンセンターでハルカはアチャモとケムッソとポチエナ──ハルカはこれも一発で捕まえた──、ユウキはキモリとケムッソを回復させ、ショップに寄って傷薬を買った。冒険の準備を万全にした2人は、トウカシティを目指す。

数人のトレーナーに勝負を挑まれながら102番道路を抜け、トウカシティに着く。この町にはジムがある。ユウキの父、センリのジムだ。旅に出たトレーナーならばジムを制覇したい所だが、ハルカにはまだ自信がなかった。ユウキはあまりジムにこだわりは無いようだが、ジムリーダーに勝利しバッジを貰わなければ、ポケモンに力量が無いと判断されて言うことを聞いてくれないこともある。ポケモンは賢く、強いのだ。従った方が有利だと判断されなければ、無視される。
父親に頼まれたポケモン図鑑を埋めるには、レベルの高いポケモンも捕まえる必要があるだろう。つまり、ハルカにとってジムの制覇は避けて通れない道なのだった。
「ユウキ、ユウキのお父さんはどのくらいのレベルのポケモンを使う?」
とユウキに聞いてみた。
「結構高いよ。ジムに挑戦するの? だったら、先にカナズミジムから行った方がいいんじゃないかな」
ジムリーダーの息子だけあって、ジムには詳しかった。ハルカはユウキの言うとおり、まずはカナズミシティを目指すことにする。
一応トウカジムを訪ねてセンリに挨拶しておく。センリは餞別として2人にジクザグマをくれた。2人はカナズミシティを目指し、104番道路に向かう。

104番道路は海に面した開放感溢れる道だ。砂浜を歩き、潮風を浴びながら先に進む。比較的短い道だが、トレーナーに勝負を挑まれたり、ハルカはスバメ、ユウキはキャモメを捕まえたので時間がかかってしまった。
もう夕方だ。トウカの森を抜ける間に夜を迎えるのは避けたかった。
ひとまずトウカシティに戻り、ポケモンセンターに泊まらせてもらうことにした。

次の日、104番道路を通り過ぎ、トウカの森に入ろうとすると、高そうな服を着て、アタッシュケースを提げた少女に声をかけられた。
「あなた達、カナズミシティに行きますの? 森を抜けて」
「そうだけど」
ハルカは答えた。
「一緒に行かせてもらっても構わないかしら? わたしちょっと怖くて」
少女は、レイカと名乗った。

予期せず3人になった一行は、入り組んだ森に悪戦苦闘した。ポケナビの地図も、森の中の様子は表示されない。うろうろとさまよっていると、青い横縞の服を着たガラの悪い男とすれ違った。男は振り返り、レイカのアタッシュケースを見て言った。
「お嬢ちゃん、その荷物をよこしてくれねえか」
レイカはアタッシュケースの取っ手を両手で握りしめ、怯えながらも首を振った。
「大人しく渡してくれれば、悪いようにはしねぇんだが」
男が一歩近づき、レイカは後ずさった。
ハルカは突然の事で呆然としていたが、ユウキが男の前に立ちはだかった。
「人のものをとったら泥棒だよ」
男の目を見上げてきっぱりと言い放った。
「おう、ボウズ。良い度胸してんじゃねぇか、ああ? アクア団に楯突こうってか」
男はモンスターボールを投げた。出てきたのはポチエナだ。
ユウキはキモリを出す。だが、どう見てもポチエナの方がレベルが高い。少なくとも5レベルは違うだろう。
「ユウキ、無理だよ」
ハルカは言った。
「悪い事は止めさせなきゃ」
ユウキは真剣な目で言った。
ポチエナはキモリに噛みついた。ユウキはキモリに「吸い取る」を命じたが、反撃の暇もない。
三度噛みつかれたキモリは何とか「吸い取る」を成功させた。だが、もはや戦える状態に無かった。ユウキはキモリをボールに戻すと、ケムッソを出した。しかし、一度噛みつかれただけで倒れる。次にはキャモメを出したが結果は同じだった。
「全然面白くねぇぞ、ボウズ。威勢がいいのは上っ面だけかぁ?」
最後のポケモンはジクザグマだ。体当たりをするが、ポチエナはかわした。ポチエナがジクザグマに飛びかかったとき、ハルカは目をつぶった。ユウキは負けてしまう!
きゃぅうん!
だが、聞こえたのはポチエナの悲鳴だった。
ハルカは目を開ける。そこにいたのはクロバットだった。
「クロバット…」
あの男のクロバットだろうか。ハルカは見回し、昨日の男を探した。だが、ハルカが後ろを向いている間に、その男はユウキの前に立ち、青横縞の男を睨んでいた。
青横縞男は後ずさりをした。クロバットの持ち主である男は動かない。ただ睨んでいる。すぐに、青横縞男は逃げ出した。
「ありがとうございました」
レイカが男に言った。
クロバットがハルカの周りを飛び回る。その表情には、心配と喜びの色が見えた。
ハルカは嬉しくなった。クロバットは、自分と自分の主人を助けたハルカを覚えてくれていて、恩返しができて嬉しいのだろう。そんな気がした。
「体は大丈夫なの?」
ハルカは男に聞いた。
男は答えずに歩きだそうとする。
「名前は? なんて言うの」
男の背中を追いかけるように聞いた。
「アカギだ」
男は呟くように言い、立ち去った。

「あの人、誰なの? 知り合い…ではないようだけれど」
アカギの姿が完全に見えなくなってから、レイカが聞いた。
「なんか、怖そうな人ね」


「あっ、でも、助けてくれたのだから悪い人ではないのよね」
レイカはそう付け足して自分の言葉を否定した。
ハルカは、アカギと名乗った男が元気そうだった事で、少し安心した。
「その鞄、何が入ってるの?」
ユウキがのんきに聞いた。
「いわゆる、お届けものですわ。お兄様がデボンコーポレーションに勤めてますの」
「へえ」
「家の方に保管していたのですが、急に必要になったと連絡が来まして、わたししか動けなかったものですから」
「よっぽど大切な物なんだね」
ユウキは真剣な顔で言った。
「ええ、何でも、デボンコーポレーションの……」
そこでハッとしたように黙る。
「企業秘密……です」
「デボンコーポレーションと言ったらモンスターボールだよね」
ユウキが、本人にはその気は無いのだろうが、探りを入れるかのような発言をした。
「……ええ」
「前、ジョウトにいたときはシルフカンパニーが作ってたけど」
「ええ」
企業秘密の話では無いことが分かって、レイカは安心したようだ。
「何か違うのかな」
「変わらないですわよ、」
レイカは即答した。
「生産ラインは同規格ですし。モンスターボールに関しては世界的な取り決めがあって、世界中どこに行っても、何社の製品でも同じですわ。あくまで現在は、の話ですけど。実は一世代前までのモンスターボールは、見た目は同じでも海外の製品とは互換性が無くて、トレーナーが自由に海外でポケモンを捕獲したり、外国の方とポケモン交換する事が出来なかったのです。でも最近になって、シルフカンパニーが主宰となったモンスターボールサミットで、国際規格を決定し、各社の規格を統一することになったのですわ。その影響で、モンスターボール製造を行っていた中小企業が国際規格にあった生産ラインに変えるための資金がなくてどうしようもなくなってしまったのです。そこで無線機器会社だったデボンコーポレーションがボール製造のノウハウと人材をそういった会社から吸収し、モンスターボール製造部門を新しく設立したのですわ。ちなみにデボンコーポレーションとシルフカンパニーはお互いの株式を……」
ユウキは割と最初の方で聞くのをやめていた。ハルカは途中から訳が分からなくなった。その後もレイカは話し続け、適当に受け流していると、一行はいつの間にかトウカの森を抜けていた。

鬱蒼としたトウカの森を抜けたところは、104番道路の北半分だ。花屋があり、池があった。南半分は海だったが、104番道路は水に恵まれているようだ。ユウキは橋を渡りながら、水面をのぞき込んでいる。
「何か見えるの?」
とハルカが訊くと、
「さっきポケモンがいた気がするけど、今は僕の顔しか見えないなあ」
と答えた。
「綺麗な水ねぇ」
レイカが言った。
コイキングがいる、とユウキが叫んだ。
「どこ?」
とハルカが橋の端に寄ると、ハルカとユウキの間に割り込むようにしてレイカが水面をのぞきに来た。ハルカが邪魔かも、と思っていると、コイキングが跳ねた。水しぶきがかかる。レイカは驚いて尻餅をついた。
「大丈夫?」
ユウキが言って、レイカを起こしてやる。
ハルカは少し気分を害した。独りで先頭を歩き、ずんずん進んでいく。
レイカはハルカの心境に気づいたようだが、ユウキは全く気づかない様子でのんびりついて来た。普段なら気にならないユウキののんきな性格に、今は苛立ちを感じる。

色々あったが、日が暮れる前にカナズミシティに着くことができた。デボンコーポレーションの前でレイカと別れ、ポケモンセンターに行く。アチャモ達を回復し、もう夜なのですることもなく寝るだけだ。ハルカはシャワーを浴びながら明日の予定を立てることにする。ジムに挑戦するためにこの町に来たのだが、詳しく調べる前に突っ込むには危険すぎるのがポケモンジムだ。ユウキに聞いてみたいが、彼はもう寝ているだろう。ちなみに、彼はもちろん別室に泊まっている。
「専攻は岩タイプ…」
ハルカは備え付けではなく持参のトリートメントを髪に馴染ませながら考えた。弱点は多いが、ハルカの手持ちではそれを突くことが出来ない。
「明日はまず、水か草ポケモンを探さなきゃ…かも」
ハルカはそう結論づけた。

夜が明けて、ハルカはまた104番道路に戻ってみる。ユウキは昨日よっぽど疲れたのか、昼近い今になっても起きてこない。
適当に草むらを歩き回るが、ポチエナばかり出てくる。図鑑で見るとマリルがいるはずだが、生息数が少ないのかもしれない。
何となくポチエナで野生のポチエナを倒しながら、マリルを探す。ちょうど昼になり、ハルカが昼ご飯にしようか、と思い始めたとき、マリルが現れた。モンスターボールで難なく捕まえる事ができた。
これで、ジム挑戦の第一段階は終わった。
ジムリーダーのレベルは分からないが、挑戦するにはこのマリルを育てなければならないだろう。流石に、捕まえたばかりのポケモンでジムはクリア出来ないと思った。
次にすべきはマリルのレベルアップだ。

とりあえずポケモンセンターに戻り、スバメとマリルを回復させる。
ポケモンセンターのロビーにあるソファーに座って雑誌を読んでいたユウキが近づいてきた。
「いつ起きたの?」
「12時ちょうど」
「寝過ぎかも」
「そうかな、ところで、カナズミジムには行くの?」
「うーん、マリルはまだ捕まえたばかりだから」
「そっか。ハルカは岩タイプに効果的なポケモンを持ってなかったね」
「だからマリルを捕まえてきたの」
ハルカの手持ちはアチャモ、ケムッソ、ポチエナ、ジクザグマ、スバメ、そして今日捕まえたばかりのマリルだ。
ポケモンセンターの裏庭に出て、手持ちを全員ボールから出してやる。ずっとボールに入っていたら狭くてかわいそうだ。
アチャモは懐いているからハルカの足元をつついたりして来るが、他のポケモンはまだ懐いていないのであまり近くに来ない。
少し経つと、ポチエナがジクザグマを追いかけ回し始め、スバメはケムッソをつつき始めて、それを見たマリルがオロオロし始めたので、ポチエナとスバメをとりあえずボールに入れる事にした。
ケムッソとジクザグマは気が合うらしく、もきょもきょ歩くケムッソの周りをジクザグマがくるくる回って遊んでいる。
マリルはアチャモと遊びたいらしいが、アチャモは嫌がっている。タイプ相性のせいだろうか。
「マリルはジョウトで最初に発見されたんだよね」
とユウキが言った。
「でもルリリはホウエンで見つかった」
ハルカは応えた。
「特定の道具を持たせたときだけ、生まれるポケモンがいる。ポケモンはまだまだ不思議だらけかも」
博士が言っていたことほとんどそのままを、ハルカはユウキに言う。
「それ、博士も言ってたねえ」
ユウキはそう言いながら、空のモンスターボールをパカパカと開閉させる。
受け売りなのを看破されてハルカは恥ずかしかったが、ユウキは偶然の一致だと思っているようで、
「親子は思うことも似るのかなあ」
と言った。
「何はともあれ、特訓よ、特訓。マリルを育てなきゃ」
と、ハルカは話を変えるために言った。
「そうだね。どうやって育てようか」
「野生のポケモンを倒して……」
とても時間がかかりそうだ。
「まあ、それしか無いんじゃないかな」
ユウキは頷いた。

特訓の前に、とりあえずマリルを含めた手持ち全体の力量を見るため、ハルカとユウキはバトルすることにした。
ポケモンセンターを出て、街を歩く。ポケモンバトルオーケーの公園があれば良いのだが。狭い公園では、バトルが禁止されていることが多い。ポケモンや、その鳴き声を怖がる人もいるからだ。
デボンコーポレーションの角を曲がる時、誰かにぶつかった。
「わひゃあッ!?」
ごめんなさい、と言いながら相手を見ると、何とアカギだった。
「何してるの?」
ハルカが訊くが、アカギはそれどころではないらしく、来た方角を振り返ると、慌てて向き直り、走り去った。
「どうしたのかな」
ユウキが言った。
理由はすぐに分かった。
「はあっ、はあ……、アカギさまは、どちらに……」
レイカだった。
「何してるの?」
ハルカは訊いた。
「いえ、アカギさまに、この間のお礼を、と思いまして、あの時は、呆気にとられて、お礼もせずに、別れてしまいましたので」
まだ息が弾んだまま、レイカは答える。
「うん」
「ようやく見つけたのですが、逃げられてしまって……」
「恥ずかしいんじゃないかな?」
ユウキが言った。
多分違う、とハルカは思った。
「アカギさまを探さなければ……」
レイカが決意に満ちた目で遙か前方を睨む。
「いや、大丈夫だよ」
ユウキが何故かきっぱりと言った。
「逃げたって事は、きっと、レイカのお礼の気持ちは十分に受け取っていて、もうそれ以上のお礼はいらないよ、って事だと思う」
「おめでたい発言かも」
ユウキのあまりに平和な発言に、やれやれ、と首をすくめたハルカだったが、
「そうでしたの……。なら、無理に引き留めるのも悪いのかしら」
と言うレイカの発言で木っ端微塵になった。そして、意見する気を無くした。好きにするといい。
「大丈夫、レイカの気持ちは伝わってるよ」
「そうね、きっとそうよね……」
ハルカは2人を放っておいて、アカギが駆け込んだ裏路地を覗き込んだ。蠢くのはコラッタだけの、汚い隙間。


暗い路地裏に入ろうかとも思ったが、服が汚れそうなので止めた。
ユウキとレイカの所に戻ると、ハルカは話を聞いていなかったので話の流れはよく分からなかったが、レイカと電話番号を交換することになった。
「ありがとう、これからもよろしくね」
レイカは帰っていった。
「レイカはまだアカギさんを探したいみたいだね」
「ふーん」
ハルカは気のない返事をした。
「ユウキ、行くよ」
ハルカはユウキを引っ張った。
「どこへ?」
と、キョトンとした顔でユウキが聞く。
「公園に行くんでしょ! 練習しに」
「ああ、そうだったね」
なんで忘れるのよ、とハルカは呆れた。

公園に着いた。掲示板にはポケモンバトル禁止、とは書かれていなかったし、バトルしている人もいるので、ハルカ達もバトルを始める。
「まあ、手持ちから3体を選んだシングルバトル、入れ替えは自由、で良いんじゃない? ジム戦もそうだし」
ユウキが言った。
「うん。それでいいかも」
「じゃあハルカはジムに挑むつもりで3匹えらんでね」
ハルカはマリル、ポチエナ、ケムッソを選んだ。
「いくよ、バトルスタート!」
ユウキはボールを投げる。
出してきたのはジグザグマだ。
ハルカはケムッソを出した。
「ジグザグマ、体当たり!」
ジグザグマが独特の軌道でケムッソに迫る。
ハルカはその速さに違和感を覚えた。昨日はこんなに速くなかったはず。
「ケムッソ、糸を吐く!」
ジグザグマの足を止めるための糸を吐くだが、ジグザグマはかわしながら近づき、ケムッソにぶつかる。
ケムッソは大きくはね飛ばされた。
「ケムッソ!」
ハルカはケムッソに駆け寄る。ケムッソはかろうじて耐えていた。なんとか起きあがると、ジグザグマを睨みつける。
「そのジグザグマ、どうしてそんなに強いの?」
ハルカはユウキに聞いた。
「昨日の夜、ジグザグマがおびえてしまったんだ。あの森でひどくやられたのを思い出したみたい。それで、特訓したんだよ。あのポチエナにもう一度会っても勝てるように」
「夜中に?」
ハルカは驚いて聞いた。
「そうだよ」
だから起きてくるのが遅かったのか。ハルカは納得した。
ハルカはケムッソをボールに戻した。
「いけ、マリル!」
マリルがボールから出てきた瞬間に水鉄砲を命じる。
「かわせ!」
ジグザグマは横に跳んだ。
「マリル!」
マリルは水流の方向を変える。ジグザグマは水鉄砲を浴びた。
ジグザグマは足を踏ん張って耐えた。体を震わせ、水を飛ばす。
「まだまだかも」
ジグザグマはかなりレベルが上がっている。どれだけ特訓をしたのだろう。
「もう一度水鉄砲!」
マリルは水を発射する。
「跳べ!」
ユウキが言う。
ジグザグマはジャンプしてマリルに襲いかかる。
「上よ!」
マリルに言う。しかし、当然ながら重力のせいで水は上にはあまり上がらない。
ジグザグマは水鉄砲に当たることなくマリルに体当たりした。
マリルはよろけ、2、3歩後ずさると、倒れた。
ハルカはマリルをボールに戻す。
ジグザグマは自信に満ちた目をしている。
「頑張って! ポチエナ!」
ハルカはポチエナを出す。
ジグザグマにとってポチエナは因縁の相手と言うことになるのだろうが、ジグザグマは逆に闘志を燃やしたようだ。
「ポチエナ、噛みつく!」
「ジグザグマ、下がれ!」
ポチエナの牙は空を切る。
ジグザグマは曲げた体を伸ばし、全力でポチエナに体当たりした。
ポチエナの体が宙を舞う。ケムッソと違い決して軽くないはずポチエナがはね飛ばされるほどの威力。
ポチエナは地面に叩きつけられた。立ち上がろうとするが、ハルカはボールに戻す。
「あーあ、わたしの負けね」
手も足も出ないとはこのことだ。
「もうちょっと手加減してくれてもよかったのに」
ハルカは膨れてそう言った。
「そう? ははは」
ユウキが楽しそうに笑った。
手も足も出なかったけど、楽しかった。それに、ジムに向かうならもっと強くならなければならないと痛烈な確認ができた。
だから、ハルカも笑う。

だがその笑いはすぐに凍りついた。
公園の空気が変わる。のんびりとした雰囲気から、固く張り詰めた雰囲気へ。心なしか、カラフルだった視界が色褪せて見えさえもする。
「違う世界でも、あなた達はやっぱりそうなのね」
声をかけられる。
振り向くと、長い金色の髪をした女性が立っている。彼女の回りから、モノクロのオーラが出ているように感じた。空気が一変した原因は、間違いなくこの人だろう。
「久しぶりね、ルビー、サファイア」


「あなたは誰ですか?」
ユウキがそう訊きながら、さりげなくハルカを女性からかばうような位置に移動する。ハルカは何が起きているのか理解することが出来なかった。
「わたしは、シロナ。シンオウから来たの」
面白いものを見るような目つきで、シロナはユウキたちを見ている。
「僕たちはルビーやサファイアという名前ではありませんよ」
ユウキが言う。冷たい雰囲気をまとったシロナと名乗る女性をユウキは警戒していた。
「そうね、知ってるわ。でも、わたしはルビー、サファイアと言う名前だったあなたたちも知っているのよ」
「……」
ユウキは黙り込む。シロナの言葉の真意を探っているようだった。
「世界は時空、時間と空間で出来ている。ある人が時間を遡り、歴史を改変すると、次のような事態が起きる。世界が分岐し、改変されなかった世界と改変された世界、その2つに分かれてしまうの。つまり、時間を操ることができれば、新しい世界を作り出すことができるのよ。わたしはほかの世界のあなたたちを知っている。ルビー、サファイアと呼ばれていたあなたたちを」
ハルカは背筋に冷たいものが走るのを感じた。シロナの言っていることはよく分からないが、彼女の言葉は狂気に満ちていた。
「時間を超えるなんて」
ユウキが言いかけたが、ハルカが袖を掴んで引っ張り、止めさせる。関わらない方がいい。
「そう、人の力では出来ないわ。でも、わたしにはこれがある」
右手を掲げるように動かし、手の甲をこちらに見せつける。手袋に、赤い宝石のようなものがはめ込まれていた。
「赤い鎖。人の絆を結晶化し、神と呼ばれしポケモンを」

ザンッ!
空気の刃がシロナ目掛けて飛来し、シロナは後ろに飛び退いた。
「クロバット!」
ハルカは技を出したポケモンの姿を捉えた。
クロバットはもう一度空気の刃を繰り出したが、シロナもポケモンを出して応戦した。
ハルカが全く見たことのないポケモンだった。
石のようなものの割れ目から霊体が滲み出たようなポケモン。そのポケモンはクロバットの技を全て受け止めてしまった。
「やはり姿をみせたわね、アカギ」
アカギがユウキとシロナの間に立ち、シロナを睨みつける。
「赤い鎖を返してもらおうか、シンシア」
シンシアと呼ばれたシロナはくくっ、と笑って、
「やはり気に食わないのね」
とアカギに語りかけた。
「お前はシロナではない。その名をかたるなと何度も言っているはずだ」
「未練がましいわね。まあいいわ。今日はもともと顔見せだけの予定だし。この子たちにね」
シロナは謎のポケモンをボールにしまうと、右手を顔の前にかざした。
「ふん」
アカギは吐き捨てるように鼻を鳴らした。
シロナの姿は、虚空へとかき消されたかのように見えなくなった。同時に、場の雰囲気が元に戻る。

ハルカは安堵のあまり座り込んでしまう。
ユウキがアカギに訊いた。
「あの人は、何なんですか?」
「シンシアには関わるな」
アカギは言った。
「あいつは人の心を破壊しようとしている」


「心を……?」
ハルカは呟くように言った。
「お前たちには教えておくべきかもしれないな」
アカギが言った。
「シンシアはある目標をもって動いている。その目標を達するためには、やつが持っている『赤い鎖』を完全にしなければならない。そのための鍵となるのがお前たちである可能性がある」
「鍵、ですか」
「ああ」
「それは、シンシアが言っていたルビーサファイアと関係があるの?」
ハルカは尋ねた。
「世界がどうなっているのかは誰にもわからない。俺の理論では時間遡行しても世界は分岐しないはずなんだが」
アカギは空を見上げ、遠くを見つめた。
「だが、シンシアは存在している。だから、別世界は確かに存在する」
「シンシアは別世界と関係あるんですか?」
ユウキが訊いた。
「俺たちの世界では、シンシアではなくシロナだ。性格も全く違う」
「アカギさんは、シンシアとなにがあったの?」
ハルカが訊いた。アカギはゆっくりとハルカに向き直り、
「そこまで話す必要はない」
と言った。
「とにかく、シンシアの言うことを信じるな。そして、もし向こうから近づいてきても関わるな」
アカギはハルカたちに背を向けた。
「俺はやらなければならないことがある」
そう言って、歩きだそうとする。
「アカギさん!」
ハルカは思わず声をかけた。
アカギは振りかえりこそしなかったが、足を止めた。
「良かったら、わたしたちと一緒に旅をしない? アカギさんは」
アカギは答えず、また歩き出した。
ハルカは口をつぐんだ。
「アカギさんの目的は、元の世界に戻ることと、シンシアから赤い鎖を取り戻すことですよね?」
ユウキが言った。
「シンシアは僕たちを狙っているのかもしれない。なら、僕たちと一緒にいればシンシアに会えるかもしれませんよ」
「おまえたちの世話にはならん」
アカギはそれだけ言って、歩き去った。

「なんだったの、あれは」
公園からポケモンセンターへ帰る道すがら、ハルカはユウキに訊いた。
「わからない。ただ、アカギさんの言うとおりシンシアは危険だと思うな」
ユウキは答えた。
「……」
ハルカは黙り込んだ。
わけの分からないことが多すぎる。
シロナ、シンシア。赤い鎖。時間遡行。別世界。
「ま、考えて何とかなることじゃないよ。ハルカはジム戦に集中すればいいんじゃない?」
普段通りの口調でユウキが言った。
「そうかな?」
ハルカは少し気が和らいだ。
「うん。マリルをもうちょっと鍛えよう」
「そうだね」
ポケモンセンターに入ると、待っていたらしいレイカが話しかけてきた。
「またお届けものを頼まれましたの」
「ふうん?」
ハルカはちょっと嫌な予感がした。
「あなたたちに同行させてもらっていいかしら?」
「いいよ」
ユウキが即答した。
ハルカはレイカが同行する事は嫌では無かったが、少しだけ不満だった。
レイカはハルカの心中を知っているらしく、
「もちろん、お二人のじゃまをするような事はしないつもりです」
と表明した。
だだ、ユウキは
「じゃまになるようなことなんて無いよー」
相変わらず脳天気だった。


To be continued...