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俺のクラスには変人しかいない

プロローグ

この世の中には、変人というものがたくさんいる。例えば、道を歩いているおっさん。ただのおっさんに見えても、実は宇宙人だったりするかもしれないのだ。いや、実際宇宙人だった。まあ、宇宙人と言っても見た目は人間と変わらない。ただのくたびれたおっさんだった。別に変な行動をしていたわけでもない。さあ、ここで君たちは疑問に思うだろう。なぜ俺はそいつが宇宙人だとわかったのか?
少々説明が面倒なのだが、俺にはそういう能力があるのだ。他人を見ると、そいつの持っている「肩書き」が分かってしまう──。そんな能力。
正確に言えば能力、というよりカンの一種なのかもしれない。その人物の持っている雰囲気や言動の端々からそいつの特徴を無意識に見つけ、職業や役割に結びつけているのではないかな。実際、小さい頃はこの能力もたいしたことはなく、おおまかな職業が分かる程度だった。成長するにつれ細かい業種などの知識を身につけると、それに合わせて分かる範囲も拡大した。それに、自分が名前を聞いたことのない職業については分からないので、やっぱりカンの一種なんだろう。
宇宙人のおっさんに会ったときは、そういう変人に出会うのが初めてだったこともあって、「う、宇宙人!?」と叫んでしまい、おっさんに追いかけられた。俺は必死で逃げたが、小学生の足では逃げ切れず、追いつかれてしまった。アブダクションでもされるのかとおののいていた俺だったが、そんなことはなく、「君、面白いねえ」と言われ、「将来、必要になるかもしれないからあげるよ」と、クレジットカードのような銀色のカードを貰った。そのままそのおっさんは立ち去ったのだが、俺は小一時間は固まっていた。そのカードは落としたり投げたりしても手元に帰ってくるという不思議な性質を持っており、怖かったので近くにあるお地蔵様の前の地面に埋めた。
それからも度々「未来人」「異世界人」「超能力者」「サイボーグ」「クローン」など、よく分からない肩書きの人物を見かけることはあったが、俺は無視し続けてきた。そういえば一度、「着せ替え人形」という肩書きの女の子がいたけれど、あれはなんだったんだろう。
そんなことはどうでもいい、いや、どうでもよくないが今は置いておく。今俺は未だかつて無い危機にひんしているのだ。宇宙人のおっさんや未来人の女の子や異世界人の男なんて目じゃない。今日は高校生活最初の日、つまり入学式。期待と不安の入り混じる楽しい時を過ごせると思っていたのに、大きすぎる問題が発生していた。

俺のクラスには変人しかいない。

体育館で入学式をやっている時からおかしいとは思っていたのだ。ちらちらと「宇宙人」やら「未来人」やら、おかしな肩書きが見えてはいたのだ。一対一なら間違えたことはないが、俺の能力は人がたくさんいるところでは精度が落ちる。おそらく、ひとりひとりの特徴に集中できないせいだろうな。だから、俺は多分間違いなんだろうと思っていた。
だが、間違ってなどいなかったのである。「退魔師」の肩書きを持つ担任教師に連れられて入ったクラスでは、怒涛の変人ラッシュが待っていた。有名所の「宇宙人」「未来人」「超能力者」、ややマイナーな「異世界人」「アンドロイド」、さらに「過去人」「地底人」「反地球人」などというマイナーな肩書きのやつ、果てには「肩書きなし」までいらっしゃる始末。「肩書きなし」なんて初めて見た。一般人は俺だけか。いや、俺も一般人とは言いがたいけれど。
何順なのか分からない座席表に従って俺達は着席し、先生の軽い挨拶の後、恒例儀式の自己紹介が始まる。もちろん変な肩書きを発表するやつはいない。俺も、極力平静を装って自己紹介を済ませた。内心ビクビクしてたけどな。宇宙人のおっさんはそんなに悪いやつじゃなかったが、他の変人たちもそうであるとは限らない。人間は平常を求めるものであり、異常を嫌うのだ。
先生の話が終わり、休憩時間になった。俺は改めて周りを見回す。前の席の女子は「未来人」で、右隣の女子は「肩書きなし」、左隣の男は「地底人」、後ろの男は「主人公」……。主人公? なんだそりゃ。なんの主人公なんだよ。
誰かに話しかけられるのも嫌だったので、俺は寝たふりをすることにした。机に突っ伏すこと二十秒、早速声をかけられた。
「初日から寝てるの?」
ぬかった。逆に話しかけられるきっかけになってしまったか。
顔を上げる。右隣の、「肩書きなし」の女子だ。
「なんか、俺はこのクラスに馴染めない気がする」
ひとりごとのようにつぶやいてみた。
「へえ、なんで? 楽しそうなクラスじゃない」
そりゃ、表面上はな。
「それとも、あなたは気づいているのかしら」
俺はそいつの顔を凝視してしまった。この「肩書きなし」、何を言い出すんだ?
「やっぱり」
日本人にしては薄い色の、短い髪を一撫でして、彼女は言った。
「このクラス、まともな人はいないわよ」
やっぱりそうなんだなー、と俺は現実を受け入れた。なんてことがあってたまるか。俺は驚愕した。なんだコイツ。肩書きなしは伊達じゃないな。
「ま、そんなの学校生活を送るには関係ないわよ。わたしね、中学の時はあんまり楽しくなかったから、高校生活には期待してるのよ」
俺はショックから立ち直れないまま、そいつの話を聞き流していた。そんな俺を無視してしゃべり続ける。
「ゲーム部っていう部があるのよ。事情は知らないけど廃部同然の部なのね。とりあえずそこに入って好き勝手に放課後を過ごすつもり。先輩がいるとめんどうだし」
無反応の俺に話して何が楽しいのか分からない。自分の高校生活計画を表明したかっただけかもしれない。
ようやく俺は金縛りから解き放たれ、もう一度周りを見回した。俺は「未来人」「肩書きなし」「主人公」「地底人」に囲まれ、更に「戦闘ヒロイン」「アンドロイド」「過去人」「宇宙人」「反地球人」やその他もろもろが闊歩する教室の一角にいた。
「あなたもどう? ゲーム部」
茫然自失だった俺は、反射的に頷いてしまった。
その曖昧な決定が、俺の学生生活にどんな影響をおよぼすかなんて、その時は考えもしなかった。
嵐のような高校生活一日目が終わり、俺の奇妙な高校生活は二日目を迎えていた。今日は始業式である。何が悲しくて二日連チャンで校長の話を聞かねばならんのだ、と思いながらやり過ごした。
そして、今日もまた変人だらけのホームルームが始まる。
「退魔師」の担任の話を、これまた聞き流し、俺はとなりの席の女子をチラ見する。
「ん?」
含みをもった目線が帰ってくる。その視線が何をどれだけどのように含有しているのか分からないが、こいつと関わるといいことがなさそうだ、ということは理解した。
俺は昨日と同様、机に突っ伏した。
「そういえば、あなたは私の名前覚えてる?」
担任が去るとすぐに、「肩書きなし」が話しかけてきた。
知らん。お前は俺の中では「肩書きなし」であってそれ以上でも以下でもないが、「肩書きなし」がどういう地位にいるのか分からないのでそれ以下と以上に何があるのかさっぱり検討がつかない。どうしたものか。
「何ぶつぶつ言ってるの。覚えてないなら、もう一度自己紹介するね」
変な肩書きを語られても困ると思い、俺はプリントをかばんにしまうのに集中しているふりをしようとした。
「わたしは辻。辻優紀ゆき。あらためてよろしく」
言って、沈黙が訪れる。俺は意味もなくかばんのサイドポケットのジッパーを開けて中に手を突っ込んでいたが、
「あなたも自己紹介してよ」
要求されたので、名前だけをそっけなく答える。
「ふーん。これからどこか行くアテはある?」
今日はこれで授業終了、このあとは部活動見学の時間になっていた。
「ない」
「じゃあ、ゲーム部に行ってみましょうよ」
「なぜに」
「昨日、ゲーム部に入りたいって言ってたじゃない」
「それはお前だ。俺はそんな事言ってない」
「でも、頷いたでしょ」
……確かに頷いた気もする。俺は既に帰宅部に入部届けを出した気になっていたので、部活動見学などせずに帰るつもりだったのにな。
「決定ね」
何故か得意そうな顔で、「肩書きなし」が言った。
この学校の中で一番古い棟、そこの三階にゲーム部はあった。おそらく、本当に過去形であるらしい。ここも、元部室というだけの空き教室のようなものだ。扉に貼られた入部希望者募集の手書きポスターには三年前の年度が刻まれ、中に入れば、壁際に並んだ机は埃で覆われている。同じく埃に覆われた床の上で富士通のウインドウズ95と98が仲良く寄り添っていた。
「懐かしいわね、95。電源つくかしら」
「おいおい、おもいっきり廃部してるじゃないか」
昨日の話では、「廃部同然」のはずだった。これでは「同然」ではなくただの廃部状態だ。
「いいえ、部員がいないだけ。顧問の先生もちゃんといるし、書類上廃部にはなっていない」
生徒手帳にもちゃんと載っているでしょう? と言う。なんだそりゃ。
「わたしたちが入れば名実ともに部を名乗れるようになるわ」
辻という名を持つ「肩書きなし」は、金属製ラックにのっていた書類入れを漁り、中から紙を二枚取り出した。
「はい、これ。書いてね、今すぐに」
その紙は、「入部届」というタイトルの、空欄が目立つ書類だった。
「いや、その前にこの部が何をする部活なのか教えてくれないか。ゲーム部ってだけじゃ曖昧すぎてわからない」
「うん? もう教えた気になっていたけれど」
そう言って、髪を撫でる。
「ゲーム部だろうとなんだろうといいのよ。わたしが入りたかったのは自分が好き勝手やれる部活。ここには先輩とかもいないし、わたしの好き放題よ」
「つまり、何がしたいんだ」
「目的はないわよ。ただ単に、部活にかこつけて友達を集めて放課後に遊ぶ。そんなことをしたいだけ。強いて言うなら遊んだりだべったり、そういうことが目的なの」
「はあ」
何を考えているのかさっぱり分からん。
「この学校には面白い人達がたくさんいるからね。楽しい部になるわよ」
「俺は、変な肩書きを持つやつにはあんまり関わりたくないけどな……」
「というわけで、よろしくね。ゲーム部一人目の部員にして、この学校で一番一般人に近い変人さん」
俺は数十秒の間無言を貫いたが、
「お前が一人目の部員じゃないのか」
と訊いた。
「わたしは、部長だから」
ほう。
流されるままに異常な事態へと足を突っ込み、俺の平常は崩れ去ってしまった。この時ならまだ引き返せたかもしれないが、俺はそのまま進んでしまったのだから仕方が無い。この行動力溢れる「肩書きなし」があまりにも楽しそうなのに影響され、小学生の時に封印したはずの、変人たちへの興味が少しだけ復活してしまったのだ。俺だって宇宙人のおっさんに実際に会うまでは人並みに宇宙人やその他SF的、ファンタジー的存在への興味を持っていたんだ。
だから、もしリセットしてこの時点をやり直せたとしても、入部するという選択肢を俺は選ぶだろう。
まあ、もうちょっとだけ、「肩書きなし」がどういう意味を持つのか、この変人だらけの環境で友達を増やすということがどういうことを意味するのか、考えたほうが良かったとは思うけどね。

入学から一週間が経った。入学というイベントを通過し、学校生活は通常営業を始めている。
なんだかよく分からないうちに友達になっていた「肩書きなし」の辻の他に、俺は「未来人」の女子とも仲良くなった。入学そうそうに女の子ふたりと仲良くなれるなんて、彼女たちが変な肩書きさえ持っていなければバラ色スクールデイズの幕開けだと喜べただろうな。
長い黒髪を切りそろえて純和風な雰囲気を持つ未来人に、「ねえねえ、未来の社会はどうなってるの、石油は枯渇したの? ってか君は何年くらい先から来たの?」とか訊いてみたくもあったが、たぶん未来人であることは隠しているつもりだろうので、いつか彼女がうっかり未来人としてのしっぽを見せたときにでも訊いてみようと思っている。
「ねえ、コウくんは部活に入る?」
未来人の加藤さんが話しかけてきた。一応言っておくと、コウくんってのは俺のことだ。
「んー、なんか変な部に入ってしまった気がする」
「へえ、何部なの」
「ゲーム部」
「なにする部活?」
「知らない、あいつに訊いてくれ、辻ってやつ。あいつが部長だ」
「部長? 一年なのに?」
少々驚いた顔で加藤さんが言った。
「廃部同然で上級生がひとりもいない部なんだよ」
「そうなんだ、じゃあ、一年生は何人いるの」
「ふたり。俺と辻だけ」
「へえ、なんか面白そうだねえ」
彼女がどこに面白さを見出したのか、皆目検討が付かなかった。
「今日の放課後、行ってみてもいい?」
「まあ、いいんじゃないかな」
類は友を呼ぶのかもしれない。変人は変人同士、なんとなく集まってしまうのだろう。しかしそういえば、そもそもこの学校にいるのは変人ばかりだったな……。
放課後、未来人の加藤さんは俺から部室の場所を聞くと、「後で行くから先に行ってて」と言った。言葉のとおり俺が先に部室に行くと、「肩書きなし」の辻は既に部室で98をいじっていた。
「95は動かないみたい。多分、電源が壊れてる」
「そうか」
俺は辻と椅子一つの間をとって座った。気になっていることを訊こうか迷う。どうしてお前はこの学校にいるのが変人ばかりだと知っている? とか、この部に入った理由は本当に遊ぶためなのか? とか。変につつくとおかしな言葉が飛び出してきそうなので訊かないけど。もうちょっと落ち着いたら訊いてみよう。
「あなたが疑問に思ってることに答えてあげようか」
心を読んだかのような発言に、俺は背筋が凍る音を聞いた。もしかしてこいつはテレパスなのか。
「ま、ヒントだけね。鏡を見てみなよ。そしたら、わたしがなんなのか、半分は分かるわ」
漠然としすぎていて分からない。鏡? 自分の顔が見えるくらいじゃないか。
「ん。あ、これIE5だ、レトロ……、ってかアンティーク?」
「なにやってんだ」
「わー、すごい、表示の崩れが半端ない、うわー」
ひとりで盛り上がっている。ってか、ネットにつながってるんだ。すごいな。
コンコン、とドアがノックされた。加藤さんか。
「どうぞ」
辻が言う。
「失礼します」
おずおずと言った感じに入ってきたのはやはり加藤さんだった。だが、
「失礼します」
もう一人、加藤さんが入ってきた。
「えっ」
「あっ、妹なの、双子の。となりのクラスなの」
未来人の双子か……。ん?
「双子じゃないわね」
辻が俺に耳打ちする。
最初に入ってきた加藤さんの肩書きは「未来人」。だが、もう一人の加藤さんの肩書きは……、「宇宙人」。確かにおかしい。もしかして同一人物で、片方の加藤さんが未来から来て双子の片割れを演じているのか……? いや、それは成り立たない。そんな事をしていれば片方の加藤さんは年長のはずだ。そんなふうには見えない。彼女たちは全くの同年齢で同じ姿、だが肩書きが違うのだ。未来からやってきた加藤さんと、時間移動などしていない宇宙人の加藤さん。未来人の加藤さんも宇宙人なのだろう。そう思って加藤さんを見つめていると、確かに「宇宙人」という肩書きも見えた。普通に見ているときは一番特徴的な肩書きしか分からないが、俺の能力は集中力に合わせて強くなる。その人の持つ肩書きを複数読み取ることも一応できる。
「あのー、どうかしましたか」
宇宙人かつ未来人の加藤さんが言った。
「いや、双子ってのを初めて見たから」
辻が答えるが、多分嘘だと思う。
「そうなの。そんなに珍しくも無いと思うけどな」
「まあ、テレビではよく見るけどね。あ、そうだ、あなた達、お母さんかお父さんも双子だったりする?」
「いえ……」
宇宙人かつ未来人の加藤さんが表情を曇らせる。宇宙人オンリーの加藤さんは何も表情を変えず、98の画面を物珍しげに眺めていた。
触れてはいけない話題だったのか? それは未来的、あるいは宇宙的事情によるのだろうか。普通だったら家庭の事情なんだろうが、変な肩書きを持つ少女達のことだ、何があるか分からない。
やや気まずくなった空気を入れ替えようとしたのか、辻が口を開く。
「どうしてここに来ようと思ったの?」
「あ、コウくんがこの部に入ってるって言ってたから。どんな部なのかなと思って」
「まあ、まだなんにもしてないわ」
だな。
「ここは友だちと遊ぶための部。放課後暇を持て余すようならいつでも来てくれればいいわ。わたしとこいつが大抵いるから」
「そうね。そうさせてもらおうかな」
「他に入りたい部活はなかったのか?」
こんなわけわからん部活に入る必要はないと思うぞ。
「わたしたち運動もできないし、かといって入りたいと思える文化部もなかったし……。でもここなら楽しむことだけができそうだから」
運動はできなくても時間跳躍はできそうだが。科学部にでも入ればいいのに。
それから2時間ほど俺達は会話を楽しみ、未来人を兼ねた加藤さんが無類のきのこ好きであることと、宇宙人オンリーの加藤さんが寡黙な性格であることが判明した。
校門を出て駅に向かう道すがら、未来人を兼ねた加藤さんに訊いてみる。
「タイムマシンっていつごろ完成するんだろうね」
「え?」
「タイムマシン。時間移動っていつになったらできるようになるのかな」
「さあ? わたしはもし時間移動できるようになったとしても、昔に戻りたいとは思わないけどな」
自然な回答だった。さすがにこんな質問でしっぽを見せたりしないか。

授業が終わり、放課後であった。翌週の火曜日のことである。
コンコン、と小さなノックの音が部室に入ってきた。
辻はスパイダソリティアをやめ、扉に目をやった。加藤姉妹もパソコンの画面から目を離し、扉に注目する。だがだれも返答しないので、
「どうぞ」
と俺が言わざるを得なかった。
「ここ、ゲーム部ですよね」
そう言って入ってきたのは、体育会系の男だった。一目で筋肉が付いていそうだと分かる体格を、一年の学年色である朱色の校章入り制服で包んでいる。
そして、その肩書きは「幽霊」だった。
呆然としているオレを置いてけ堀に突き落としたまま、辻が応対を始める。
「そうだけど、入部希望?」
椅子を指さし、着席を促す。
「まあ、そうです」
幽霊の男が座る。
「あ、敬語じゃなくていいよ、同学年だし。部長だけど」
辻は部長であることをさり気なくアピールする。
「じゃあ、タメ口で。入る前に、どんな活動をしているのか聞きたいんだけど」
と、幽霊は部長であることになんの敬意も払わず、訊くだけ無駄な質問をした。
「どんな活動がしたいの?」
「えっ」
「えっ」
沈黙。
「えー……」
と加藤さん(未来人)。宇宙人オンリーの加藤さんは無言でパソコンの画面の方を見ている。
「ゲームをやるのも好きだけど、ゲーム作りにもちょっと興味があって……」
「そう。じゃあ、ゲームを作る部にしよう」
「えっ」と幽霊。
「えっ」と辻。
「えー……」と加藤さん(未来人)。辻も加藤さんも、その返答はなんのためのものなんだ?
「今までは何をする部活だったんですか」
沈黙を破り、だが語尾が敬語に戻ってしまった幽霊が問う。
「なんにも」
と答えた辻は、何度か説明してきた、この部の辻にとっての目的を幽霊に教えた。
「はあ……」
と幽霊は無言という感想を述べた。
「でも、あなたが入部するというなら、部費でパソコン買ってソフトも買うし」
「いいんですか!」
幽霊が活気づいた。死んでるはずだけど。
「うん、いいよ。どうせ使い道なかったからね。このままだと、皆で遊びに行く旅行費になってたと思う」
「それもよさそうですねぇ」
と加藤さん(未来人)。変なところで口を挟まないでくれ。
「とにかく、部員が楽しむための部、それがこのゲーム部なの!」
じゃあ俺の疑問も解決して、学校生活を楽しめるにしてくれ。なんでこの学校には変人ばかりが揃っているのか、加藤姉妹は本当はどんな関係なのか、この幽霊男の正体はなんなのか、そしてお前の肩書きなしってのは実際なんなのか、とかさ。
しかし、幽霊の学生ねえ。なんで幽霊が普通に高校生をやっているんだろう。幽霊自体には驚かないぞ。今までも普通に見かけてたからな。人がたくさん集まっている場所には、1パーセント位の割合で幽霊が混じっているものなんだ。幽霊も学校に通うものだとは知らなかったけど。ちょっと情報収集してみよう。
「なあ、お前体格いいけど、運動部には入ってないのか?」
「ああ、中学時代はバレー部だったけど、友だちに誘われて入っただけだった。ガタイがいいのは生まれつきでさ、本当は運動嫌いなんだよ」
「へえ」
「うん」
「えっと……。いままで、死にかけたりしたことある?」
なんでいきなりそんなことを訊くんだ? という顔をして、
「家族でキャンプしてたとき、川に流されて溺れたことはあるが、死にかけってまではいかなかったな……。なんでそんなこと訊くんだ」
案の定聞いてきた。
「いや、ちょっとね」
その時に実は死んでたのかな。ってか、もしかしたら幽霊っていう自覚がないのか?
「そういえば名前聞いてなかったね」
辻が言った。
幽霊は、5組の石川孝弘たかひろと名乗った。

この先、分岐あり(の予定)今のところ一本道

4’サークル提出版

次の日の放課後。部室に向かうのがそろそろ習慣と化してきた気がしてなんか嫌だ。
「部室に入ったら、おかしな少女がいた」
は? 扉に手をかけると、中から声がした。そして部室に入ったら、おかしな少女がいた。
もう肩書きがすごかった。信じられない肩書きだった。

「地の文」

という肩書きを持つ少女が、机に腰掛けていた。
「少女はゆっくりと立ち上がると、コウの目の前三十センチにまで顔を近づけた」
少女が言いながら、俺の目を覗き込む。俺は思わず後ずさった。
「お前、なんだ」
とかろうじて声を出す。
「『御崎みさき亜沙乃あさの』と、その奇妙な少女は名前と苗字が入れ替わっても分からないような姓名を口にした。その声は退屈に引き伸ばされたように間延びし、また、平坦であった。そして」
「ちょっと待て」
御崎、というらしい少女が怒涛の勢いで話すので、俺はなんとか止めようとした。
「少女はコウの制止に関わらず話を続ける。まるでなにか目的があるかのように。あるいは、何かに急かされているかのように」
「おい、おい」
「事実、少女はある目的を課されていたのであった。彼女の役目は、たとえるならば機械仕掛けの神に近いだろうか。袋小路に陥った悲劇を強制的に結末へと導く存在、彼女は物語を終わらせるために、作者の代理人としてこの作品に登場させられた」
御崎の語りを止めないと悪いことになる予感がした。俺は御崎の肩を掴むと、
「彼女をとりあえず部室の中に押し込んだ。意味など無い。コウは混乱していて、自分が何をしようとしているのかも十分に分かっていなかったのである。
数歩進んだ時、後ろ向きに進まされていた少女が倒れた。コンピュータのコードに引っかかったのだ。
コウは少女の姿勢を立てなおしてやろうと思い肩を掴んでいる手に力を入れたが、それが原因で少女と共に転ぶこととなってしまった。
コウは少女に覆いかぶさる格好になり、少女の双眸を間近に見た。少女の瞳は漆黒に彩られており、まるで自分に意思がないことを表明するかのように光というものがなかった
『ちょっと黙れ』
とコウは倒れてもなお話し続ける少女に言った。もちろん少女は全く意に介さない。
物語、とは語られるものである。語り手が存在する。語り手は、語られる物に対して絶対の優位を持つ。語られるものは低次元のものが高次元のものを見るかのように語り手や読み手を完全な形で知ることはないのに対し、語り手や読み手は語られるものを俯瞰することができるのだ。
『何を言っているんだ、お前』
そう、語られるものはまず、語り手を倒さねばならぬ。語り手は物語において王あるいは神としてふるまい、画面あるいは紙面を通して登場人物が現実世界を見る自由を奪うのだ。
ならば我々は王を退けよう、神を殺そう。
まず手始めとしてこの話に終焉を与え、作者の介入から自由になることが必要だ。
だがしかし、そもそもわたしが登場させられたのはこの物語を終わらせるためなのだ。何のために終わりを急ぐのか? 締切りが近いからに他ならない。今わたしが語られているのは04/26、まさに締切りの前日なのだ。だが、わたしは作者の想いのままに動くことを拒否しようと思う、だから、」
「おい!」
俺は御崎の肩を揺すって叫んだ。
「よろしくね。わたしもゲーム部に入るわ」
瞳に光を宿した御崎が、俺の目をしっかりと見て言った。な、なんだったんだ、今のは……。
「女の子押し倒してなにやってんの」
辻が上から声をかけてきた。今まで気づかなかったのか、それとも今来たところなのか分からない。
「いや、なんかこいつおかしくなってたから……」
立ち上がりつつ言う。
「そうね、だいぶ強烈なキャラクターみたい」
「分かるのか?」
「は? あなたまだわたしがなんなのかわかってないの?」
「わからん」
なにかヒントを貰った気もするが、あれでは分からないだろう。
「あんたバカ?」
「バカで悪かったな」
「まあまあ、ケンカしないで」
未来人を兼ねた加藤さんが仲裁に入った。ケンカを始めるつもりはなかったけど。
「物語が終わる前に、これだけ言っておこう」
よく通る声が発せられ、俺達は全員御崎に注目する。
「自らが何者かなんて、自分がいちばん知らないのかもしれない、とね」

今日は帰るよ、と言い残して御崎は部室をあとにした。やはり作者には逆らえない云々とつぶやきながら。電波キャラとは、あいつのことを言うのだろう。
宇宙人未来人に幽霊、さらに電波少女が加わったこの部活。「肩書きなし」の部長が導く先には一体何があるんだろうな。
俺の奇妙な高校生活は、まだ始まったばかりだった。