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E-pal!!

2 R.S.V.P


「あたしですか?」
お前以外に誰がいる、とこの場の全員が思ったことだろう。部外者はお前だけだ。
「名前はみかんって言います。えっと、あたし、猫なんです」
このどこから見てもただの中学生くらいにしか見えない女の子は、そう言った。
美衣さんも唖然としている。ピスティルさんは驚いている様子はない。まぁピスティルさん自体が驚くべき存在だから別にどうって事ないか。俺達、どこの電波と交信中なんだろう。
「わわ、信じてもらえませんか?えっとですね、あたしはこの世界じゃなくて、違う世界から来たのね。ここと違う魔法世界」とみかんが動揺気味に言う。
「はあ」と美衣さん。
「あたしのお姉ちゃんが捕まえられて、この世界に連れて来られちゃったの」
「お姉さんがさらわれてこの世界に連れてこられた、だから君がここに助けにきた、って事だな?」と俺が少し年上のお兄さんぶった言い方で確認する。
「そうです」とみかんがさっきよりは少し落ち着いた風に言う。
「信じよう、だが、」と俺は考えながら言う。
俺は最近色々な事があって別世界の存在とかは信じられるような気がしている。だが。
「お前ほんとに猫?」
もう一度言おう。彼女はどこからどう見てもただの、もちろん人間の中学生だ。そう、彼女には猫みみも猫しっぽもない。こんなの猫少女じゃない。
「ほんとに猫なんですってば!」
「じゃあ証拠見せろよ!」
「この世界だと人間以外の姿がとれないんだから仕方ないじゃないですか!」
「耳は?猫みみは?猫しっぽは!」
「ないです!それに、よく考えてください」
なんだ、といぶかしげに聞く俺に、彼女はゆっくりと、言葉を選びながら言った。
「よく考えてくださいね、もしあなたが猫に変身したとして、」
「おう」
「耳だけ人間だったら気持ち悪いですよね?」
………。俺の頭の中で耳だけ人間の猫が鳴く。うん、確かに。それは気持ち悪い。
「それと一緒ですよ」
「じゃあさ、せめて語尾ににゃーとかにょとか付けてくれよ」
「斉藤、いい加減にしなさい」
と美衣さんがやや厳しい声で言った。
「斉藤、あんたに猫耳好きの精神があったからって、この子に押し付けちゃいけないわ、そんなに世界はうまく出来てないのよ」
さすがは悪役首領とメル友の正義のヒロイン美衣さん。この世界の不条理さについては良く分かっていらっしゃる。
「斉藤はほっといて、お姉さんがどこにいるのかは分かるの?」
「えっとですね、この近くに神社ってありますか?」
「何の神社でもいいの?」
「はい。どこの神社でも端末はあるはずですから」
「端末?」
「あたし達の世界にある浅間(アサマ)神殿の『絆』は、おそらくこの世界の神社にもつながっているはずですから、神社同士をつなぐ情報網から検索すれば、たぶんお姉ちゃんの居場所が分かるはずです」
「うん、わたしには何のことやらさっぱりだけど。まあいいわ、ピスティルさん、神社に向かってくれない?」
「はい!わかりましたー」
と、ピスティルさんが答えて、ペタルの壁に手を当てる。
電光掲示板の表示が「─神社行き」に変わる。この近くの神社の名前のようだ。
ちなみに、俺達は今ペタルN700―博士が作った新幹線N700系―の十号車内だ。ピスティルさんは博士によって作られたメイドロボで、このペタルの運転手でもある。博士も変なものばかり作る奴だが、ピスティル&ペタルについてはいい仕事をしていると、俺は思う。
「あなたはどうやってこの世界に来たの?」と美衣さんがみかんに聞く。
「レンジャーの光さんって人に連れてきてもらったんですけど、急用が出来たらしくて。『右院美衣っていう戦闘ヒロインに会えば何とかなる』って言われたんです」
「ふーん。なんでわたしに託すのよ、レンジャーって奴らは」
今度はレンジャーか。恐ろしいな、この世界。次はライダーでも出てくるのか?
「お姉さんはどうしてさらわれちゃったの?」
「はい、」とみかんがややうつむいて言う。
「あたしのお姉ちゃんは次代の太陽の巫女なんです」
「太陽の巫女?」
「あたしの世界の女王みたいなものです。太陽神に仕え、世界の終わりを延長する役目を持っていて、当代の日女(ひるめ)様が引退なさるので、次の巫女としてお姉ちゃんが選ばれたんです」
「大変ね、偉くなるって」
ええ、まあ、と言ってみかんは口を閉ざした。
かわいそうに、お姉さんを探しに一人で異世界まで来るなんて。俺には到底出来そうにないな。まあ、俺の姉がさらわれる事はないだろうが。一般人だし。
みかんと美衣さんが黙り込んでしまったので、もしも俺がみかんみたいに姉を探すため異世界に一人で行くことになったらどうしよう、と馬鹿なことを考えていると、
「まもなく、─神社に到着しますよー」
と、ピスティルさんが言った。


カシュー、という音がしてドアが開く。すでに日は落ち、神社の鳥居や木々は街の明かりから取り残されて影絵のようになっていた。
車輪とかの大きさのせいで地面とはかなりの段差があるはずなのだが、ペタルN700はいかなる構造をしているのか、室内の床と地面は段差がほとんどない。地面に台車部分が埋まっている、と言うより、地面と車輪が重なっているような印象を受ける。3DCGのゲームで壁に向かって走ったりすると腕が壁にめり込むのに似ていた。
美衣さんとみかんが降り、ピスティルさんも下車する。
「ここでいいの?」と美衣さんがみかんに聞く。
「はい。端末を探します」とみかんが答える。
ペタルのドアが閉まり、発車する。どこへ行くのだろうか。
「博士を迎えに行くのです。博士がわたしに新しいアプリケーションをインストールしてくれるそうですからー」とピスティルさんが答えた。
「へえ。それは良かったな」
俺達は鳥居をくぐる。両脇は竹林。あまり手入れされていないようで、参道の石畳の隙間から小さい竹が出てきている。参道の両脇には明かりの灯っていない石の灯篭があり、すこし進むと手水屋があった。だが、水が入っていない。
「うーん、接続可能地点が見つかりませんね。ちょっとおじゃまします」
と言ってみかんが神社の建物の中に入っていく。しかし。
「きゃあっ?」
見えない壁に阻まれるみかん。しかもビリビリするサービス付き。
「大丈夫?」美衣さんが近寄る。
「うーん、結界…かな?」とみかんがつぶやいたその時、
「当世界に存在し得ない魔法猫の存在を確認、バランスの調整を行うため、当世界からの排斥を試みます」
と、上の方から無機質な声がした。
言っている事の意味は分からなかったが、明らかな敵意を表明していることは分かった。
美衣さんがシャクティソード改を構える。
その声の主が地面に降り立つ。
「物理的危険度高は二、魔法猫一を確認、優先される標的は魔法猫」
ピスティルさんと同じくらいの身長で、奇妙なデザインの黒い服を着た女だった。
女が両腕を広げる。すると、両手に剣が現れた。
「魔法…?」とみかんがつぶやく。
美衣さんはみかんを守るように移動し、ピスティルさんは女の方へと駆け出す。
女が剣を投げる。一本はピスティルさんに向かい、もう一本は美衣さんに向かう。
避け切れない。
剣は無音で美衣さん達を貫く。
俺は美衣さんに駆け寄る。剣が胸に突き刺さっている。
俺は女を睨む。
「当世界の人間は傷つけません。動けなくしただけです。あくまで標的は魔法猫」
「ひぇ、」とみかんがほとんど声になっていない悲鳴を上げる。俺はみかんの前に立って、ポケットからシャクティソードを出し、構える。
女が剣を取り出した。そして、投げるモーションに入ったとき、
「みゆな!やめろ!」
と声がした。
上を見上げる。
列車が飛んでいた。ペタルかと思ったが、違う。ペタルのような列車ではあるが、色が緑色だ。
「光さま?」とみゆなと呼ばれた女がつぶやく。
列車が旋回して降りてくる。俺の前で停車し、ドアが開く。
「すまないね、みゆなは僕達がいない間、この世界の保全を任されていたから、ちょっと張り切りすぎたみたいだ。許してくれ」
ベージュで所々赤がアクセントに入っているジャケットに身を包んだ、整った顔つきの長身の男が降りてきた。
「レンジャーさん!」とみかんが言う。こいつがレンジャーか。多分レッドだな。
「とにかく、元に戻してくれ」と俺が言う。
「みゆな、元に戻すんだ」
「はい、光さま」とみゆながさっきまでと違う甘ったるい声で答える。
剣が消え、美衣さんとピスティルさんが動き出す。
「びっくりしたわ、もう」
よかった。怪我もなさそうだ。
「自己紹介をしよう。僕はレンジャーの『コウ』。光と書いてコウと読む。宜しく」
「はあ。宜しくお願いするわ」と美衣さんが答え、ピスティルさんが会釈する。
「その子はメイドロボのみゆな。日常のこまごまとした雑用から夜の戦闘までこなす魔法使いでもある」
「宜しく」とみゆなが無機質な声で答える。
こいつもメイドロボなのか。果たして、ピスティルさんのライバルとなるのだろうか。
「レンジャーさん。お姉ちゃんは見つかりましたか?」とみかんが聞く。
「ああ、場所は分かった。南極の地下だ。でもごめん、僕達はとある事情で南極に行くことが出来ない。すまないが、君達だけで行ってくれ。みゆなを護衛につけるから」
「ええー!そんなぁ、みゅーは光さまと行きたいです」とみゆなが不満そうに言う。
「ごめんよみゆな。今は彼女達と行ってくれ。あとで御褒美をあげるからね」
「御褒美! はい、分かりました光さま!みゅーはがんばります!」心底うれしそうにみゆなが言う。御褒美ってなんだろう。
「じゃあ、僕達は行かなければ。まだ用が残っている」
「はい」とみかんが暗い顔で言う。
「お姉さんは大丈夫だよ。次代の太陽の巫女となるお方だ。絶対に切り抜けていけるだろう」
みかんは答えなかった。

T


同じ頃、南極地下。
氷床の下につくられた広大な空間、そこに建てられた施設の一室でのこと。
ほとんど立方体に近いその広い部屋の中央には、奇妙な形の台が置いてあった。人が一人ちょうど横たわれる大きさ。脇にはコードが繋がれている。そして実際、人がそこに横たえられている。
「あーあ、つまんないな。ねえ、慰与(いよ)?」
台の傍らの椅子に座っている女が、言った。慰与、と呼ばれた横たわる少女は、目だけを動かしてその声の主を見上げた。
「何度も言うけど、言ってくれないと、わたし達困っちゃうのよ。神器『黎明滄海』、デュナミスジェネレイターの場所。別に言ってくれたら帰してあげるのに」
そう言って、慰与の手に触れる。慰与の指はぼろぼろだった。切り傷が刻まれ、爪が剥がされている指もあり、その上から何かの薬品をかけられてただれている。指だけではない。体全体に傷がある。ナイフで付けられたもの、鞭で打たれたもの、電流で焼かれたもの、薬品で溶かされたもの。普通なら気絶しているほどの痛み、いや、それ以上の痛みを感じているだろう。
「ねえ、言ってよ。明日のご飯が自分の指って事態はイヤでしょ?」
痛みと、また新しい痛みを与えられるまでの間は恐ろしい。次の痛みを想像すること、それは精神に異常なまでの負荷をかける。
慰与は、目を閉じた。体中の激痛に耐えるためかもしれないし、何かを考えるためかもしれない。彼女が乗せられている台は、微弱な電流パルスを乗せられた者の体に流し、神経を混乱させ、体の動きを止める。今彼女は首から上の筋肉しか自由に出来ない。さらに彼女は、注射された薬物のせいで無理やり覚醒させられている。気絶して痛みから逃れることも、もちろん眠ることも許されていない。
「あーあ。暇ヒマひまー。する事ないし、目をつぶそうかな。なんか言ってよ、太陽の巫女さん?」
女が、金属で出来た器具を取り出す。それで慰与の閉じられた上下のまぶたを押さえ、目を無理やり開かせた。ちなみに、目をつぶすのは拷問のためではなく、彼女の趣味だ。
「聞こえてますかー?慰与さん?左目が見えなくなっちゃうよ?なんか言えよ、つまんないな」
無理やり開かれた瞳が、乾燥を防ぐために涙を流す。それでも、彼女は口を開かなかった。
「ほんと、つまんねえ奴だな、お前」
女が五寸釘のようなものを取り出した。ただ単に目をつぶすだけならこんな仰々しい物でなくてもいいのだが、恐怖を煽るためにこんな物を使う。
「いくよー?五秒前。4、3、2、1─」
そして。
「ふふふ、ゼロ」
女は、笑いながら釘を振り下ろす。


ペタルは南極に向かっていた。
今俺達が乗っているのはペタルの十一号車である。ここはカフェのようなインテリアで、つまり座席が無いフローリング風の床に小さい丸テーブルが五、六個置いてある。他にはカウンターがあり、その奥には簡単な料理ができる調理場もある。本来のN700系にあるはずが無いので、おそらく博士オリジナルの車両だろう。ピスティルさんは博士─博士っていうとなんかおじさんかおじいさんのような印象を受けるけど実際は若い男─からSDカードを貰って、小難しい説明を受けていた。ピスティルさんはおとなしく聞いている。
「それってインストールしたらどうなるの?」
と美衣さんが聞いた。
「口調と思考方式が改善されるんだよ、それとポジティブディメンシャンシステムのアップグレード」と博士が言った。
「ふーん」と美衣さんは適当に返す。絶対分かってない。俺も分からないけど。
「じゃあ、インストール始めますねー」
とピスティルさんが言った。
SDカードからどうやってデータを読み込むのか、と俺は疑問に思ったので、ピスティルさんを見つめる。美衣さんも同様のようだった。
ピスティルさんは人差し指と親指でSDカードをつまんで、顔に近づけた。そして口を開ける。
まさか、と思ったがやはり、
ピスティルさんは口の中にSDカードを入れた。
「ええー!」
美衣さんが半ば叫ぶように言った。俺もええー!だ。まあ、予想できた分美衣さんよりは動揺していないはず。
ピスティルさんは少し口を動かしたが、動きが止まった。おそらくインストール作業をしているのだろう。
「しばらくかかると思うからその辺に寝かせておこうかな」と博士が言い、ピスティルさんを抱え、カフェから出て行く、つまり隣の車両に移る。隣はグリーン車だ。椅子に座らせておくつもりだろう。シンクロナイズド・コンフォートシートは寝心地もいいだろうし。
みかんはみゆなとカフェオーレを飲んでいる。魔法の話をしているらしい。
「あたしね、幼精なら液化精(アクア)にできるよ」
「そうなんですかぁ、みゅーはロボットだから魔法は使えるけど精体から精命力を取り出せないんです」
みゆなはレンジャーの光に俺達に従うよう言われたときから俺達への態度が激変した。やっぱり変な奴だ。
と、急に窓から見える景色が変わった。
窓の外を凄い速さで流れていた電灯の光が全く消えたのだ。俺は窓に近づいて、なぜかを悟った。
「すげえ、海の上を走ってやがる」
なになに、と美衣さんが近寄ってくる。見ろよ、あれ漁船の光だぜ、と俺は美衣さんに言う。美衣さんは窓を覗き込む。
「きれいだね」
遠くに見える漁船の群れの光。ぼうっと光って、揺れている。そしてN700系の窓は小さいので、美衣さんと俺はかなり接近している。
こ れ は。いいムードじゃないか?どうする、俺。肩を抱くか?と馬鹿なことを考えていると、みゆなが寄ってきた。
「なんかぁ、変な気配がするんですよ」
そう言って、窓から外を覗く。
せっかくのムードをぶち壊しやがって。
「うわあ、きれーい」とみかんもやってくる。あれ、今気づいたけどみんな名前が「み」から始まるよな、「みい」、「みかん」、「みゆな」。
「確かにきれいですけどぉ、あれは敵ですよ、みなさま」
とみゆなが言った。
「え?」と俺達。
「敵ってどういう事?」と美衣さんが聞く。
「つまりぃ、みかんさまのお姉さまをさらった犯人の仲間、と言う事です」
みかんの表情がこわばる。みかんはさっき、「お姉ちゃんは大丈夫だって、あたし信じてます。だって、お姉ちゃんは嘘をつかないもの」と言っていたが、やはりお姉さんの事が話に出ると不安になるようだった。まあ当たり前だろう。みかんは、慰与と言う名前らしいお姉さんがさらわれた後、一度だけ声を聞いたそうだ。わたしは大丈夫。絶対にみかんの所へ帰るわ。だからそんなに心配しなくてもいいのよ、という声を。
「わたし達、奴らに見つかったの?」と美衣さんが聞く。
「いえぇ、おそらく、日本から南極への最短航路上に見張りをおいているんだと思います」
「困ったな、ピスティルがインストール作業で動けないから、透過モードに入って姿を隠すことが出来ない」と博士が言った。お前ら、近すぎる。なぜ隣の窓から外を見ない、ここは俺と美衣さんの場所だったはず。
そんな事を思っていると、
「ん、動いた!」
美衣さんが叫ぶ。
光の群れが高速で近づいてくる。
「振り切れるか?ペタル!」と博士が言った。すると、ペタルの電光掲示板の表示が変わる。お客様に連絡いたします。ただいまより当列車は緊急モードに入ります。衝撃等に十分御注意ください。次は、「南極点」です。
文字が流れ切った瞬間、窓の景色が全部ぶっ飛んだ。かなりの加速をしたのに、車内に慣性の法則は適用されなかったようで、後ろに倒れそうになったりとかも全く無かった。今まで無音で走っていたペタルだったが、今は少し音がする。速い。速すぎる。
「振り切れたかな」とみかんが言う。
「いいえ、来ます!」
みゆなが叫ぶのと同時に、衝撃が襲った。
「ピスティルはまだか!」博士が叫ぶ。
上に何かがのしかかってきたようだった。ペタルの車体は半分ほど海に沈んでいる。
窓から上を見る。よく見えなかったが、巨大な白い人型ロボットのようなものが乗っているようだ。
「百合人形(メイデンドール)!?」とみゆなが叫ぶ。
なんだそりゃ。
「旧統制者の保有する自律式巨大人型兵器です!」
俺は旧統制者って何だよ、と思ったが聞くのはやめた。とにかく慰与さんをさらった真の悪者だ。ブラックゴッドを見習え。悪の組織とか言っておきながらやってる事は不法駐輪だし、正義のヒロインと地球支店長はメル友だぜ?
また衝撃が襲う。一回、二回、三回。最初のも合わせて、四機がペタルの上に乗っている事になる。
車内に轟音が響いた。百合人形とやらがペタルに腕を叩き付けたらしい。天井が僅かにへこむ。何度も何度も打ち付けていくが、ペタルの装甲が強固なおかげで僅かずつしかへこまない。しかし、車内の人間からすれば恐怖だ。
ひえぇ、とみかんが座りこみ、美衣さんの足にしがみつく。
その時だった。
「あのー、インストール作業が終了してピスティル700は再起動に成功したのですが、どうしましょう?」
とピスティルさんが入ってきた。確かに口調は改善されてる、かな。
「ちょうど良かった!ピスティルさん、こいつらどうにかして!」と美衣さんが頼む。
「分かりました、美衣さま。敵性機械を排除します」
博士が口を挟む。
「ピスティル、ペタルときちんと同調できるか試してくれ、たぶんうまく行くだろうけど」
こんな非常時にたぶんとか言ってくれるな、博士。
「大丈夫なんですか?」とみかんが言う。
「大丈夫だろう、ピスティルさんは強い」
と俺は返した。
「そうじゃなくて、魔法世界の法則とこっちの法則は違いすぎるから、こっちの世界の、その、機械?で倒せるのかな、と思ったの」
ピスティルさんを機械と呼ぶなよ、みかん。メイドロボと言うのが最も適切だ。
「大丈夫ですよぉ、みかんさま。百合人形は両世界の法則の双方に対応してるので、魔法攻撃もこっちの世界の攻撃も効きます」
そんな話をしてる間に、ピスティルさんは出撃準備をしている。
「PDS ver.2.0を起動、運行状態を変更」
そうピスティルさんがつぶやくと、ピスティルさんの、喫茶店のウエイトレス服に近いメイド服が一瞬膨張し、収縮して、体に密着した。全身タイツみたいな感じ。
「それではみなさま、行ってまいります」
と言い残して、後部車両の方へ出て行ってしまった。
「ピスティルさん、どうするつもりなのかしら」と美衣さんが聞く。
「ンッふー、見てたら分かるよー」と博士が答えた。

U


太平洋の西端に近い海域の上空に、列車が走っていた。その車両の意匠は、ペタルのようにこの世界に既存のものではない。「R-フライヤー」と呼ばれるその列車は、世界のバランスを調整しているレンジャー達がライン内の移動に使用する乗り物だった。「ライン」とはレンジャーの用語で、世界を構成する最小単位をさす。
説明は難しいので簡単にたとえよう。レンジャー達によれば、この世に世界は三つあり、みかんはそのうちの魔法世界「高」の住人で、斉藤たちのいる世界は「天」と呼ばれる。三つの世界全体を一つのパソコンだと思ってほしい。そのパソコンの事をレンジャーは「大世界」、または単に「世界」と呼ぶ。そして、三世界は三つのゲームソフトだと思えばいい。たとえば、魔法使いが存在するゲーム(高)といないゲーム(天)があったりするのだ。そしてそのゲームは勝手にプレイされ、セーブデータが出来る。セーブデータはいくつも持てるので、平行して違うセーブデータが生まれる。その一つのセーブデータを「ライン」と呼ぶのだ。本当は「スレッド」などの概念もあってもっと複雑なのだが、今はそこまでの説明は不要だろう。ちなみに、ラインを超えて移動する場合は「クロスボーダー」と言う乗り物を使う。

その列車、R-フライヤーの中でレンジャーの光はチームメイトの女性、蝶から報告を受けていた。
その説明を一通り聞いた光が言う。
「そうか、事後処理のために早く僕達も爽達に合流しよう。クロスボーダーの次の発車時刻はいつだったかな」
「あと二分ほどですね」
「うん、じゃあ急いで乗ってしまおう」
「分かりました、ではユグドラシルヘ向かいます」
蝶が左手首に腕時計のように巻かれた「ラスタライザー」と呼ばれる機械を操作し、行き先を設定する。
「コーヒーでも淹れましょうか?」と蝶が聞いた。
「ありがとう、貰うよ」と光が言い、蝶は部屋に備え付けの電気ヒーターでお湯を沸かし、インスタントのコーヒーを作った。料理などは調理器で合成するのだが、コーヒーを淹れるだけならこっちの方が速いのだ。
「慰与もみかんも右院美衣さんも、大丈夫かな、僕達が南極に行ければ良かったんだが」
と光が苦しげに言う。
「隊長が悩むことじゃないです。仕方ないですよ。そういえば、チームΩテスター、右院美衣にみかんを託したのはなぜですか?」
「賭けてみたんだ、博士にね」
「博士?博士を見つけたんですか?」
「あのメイドロボ、おそらく博士のものだろうと思ってね。博士に一目お会いしたかったんだけど、会えなかった。でもやはりあのメイドロボも列車も、間違いなく博士のものだ。リリーとよく似ている」
光はコーヒーを飲みながら、遠い目をして言った。蝶も過去を振り返る表情で何かを言いかけた。しかし、その言葉は突然車内に現れた何かによって中断されてしまった。それは人のような形をしていたが、全く暖かさを感じられない、つまりは無機質なものだった。それはレンジャー達にはパペットと呼ばれている。その名のとおり、旧統制者が操る、使い捨ての人造人間だ。
蝶はすばやく左手首のラスタライザーに変身コードを入力し、右手首に巻かれたバンドをかざした。すると、蝶の体が光り、特殊な戦闘服が現れた。頭には戦闘部隊用フルフェイスヘルメットのようなものが装着される。
変身を終えた蝶がパペットに向けて銃を構えると、パペットは右手のひらを蝶にむけた。蝶は攻撃が来ると判断したのか、一度近くにあったキャビネットの陰に隠れようとしたが、パペットの右手のひらからは、全てを貫通する光が放たれた。
その光は、攻撃のためのものではない。包まれた者を、ある場所へと転送するためのものである。


博士が黒板を持って来た。カフェの入口によくある「今日のおすすめ」とかが書いてある黒板だ。博士が黒板になぜかついているコンセントを繋ぐと、モニターに変わった。俺と美衣さんはもう驚いたりしない。みかんとみゆなは少し驚いたようだが、慣れてきたのか、声に出して言ったりはしない。
モニターには、十三両目に設置されたカメラの映像が映っていた。最後部三両分の車両が映っている。
注意警報のサイレンがなり、少しすると、ガガン、と音がしてカメラに映っている車両が台車から浮いた。分離でもするのか、と思っていると、目にも止まらぬ速さでパーツが組み変わり、何だ、と思った次の瞬間にはロングスカートをはいた女性のようなフォルムの巨大な人影が、ペタルの台車に立っていた。
「うまく行った!フローラ04!」
フローラ04、おそらくピスティルさんが搭乗しているのであろう人型メカに気づいた百合人形が襲い掛かる。
フローラは腕を振る。すると、腕の軌跡がピンク色の光の帯として残り、それで百合人形をたやすく切断した。
残る百合人形は三機。
フローラは軽やかに跳躍し、すれ違いざまに百合人形を切断して行く。性能の差は圧倒的だった。
勝負はあっという間に終わり、フローラは元の車両に戻った。
俺達は呆然としている。博士はすごくうれしそうで、みかんとみゆながいなければ歌いながら踊っていただろう。
後部車両につながるドアの向こうから、ととと、という足音がして、
「ただいま戻りました、敵全機体の殲滅完了です」
おお、ピスティルさんが今まで以上に頼もしく見える。
「すごいね、ピスティルさん」と美衣さんが言い、みかんもかっこよかったです、と言い、みゆなも同じメイドロボとして尊敬します、みたいな顔をしている。
「そんなに見ないでください、照れてしまいます」
頬を少し赤らめながらピスティルさんが言う。なんかすごくかわいい。
しかし、博士が接続状態はどうだったか、とか、駆動に問題は無かったのか、今の体調はどうだ、とか聞きながらピスティルさんをグリーン車の方に連れて行ってしまった。全く雰囲気を感じ取れない男だな。

その後、俺達は仮眠をとった。いい加減みんな眠くなってきていた。幸い、ピスティルさんとみゆなは眠らなくても平気だと言う事なので、二人に監視をお願いして俺と美衣さん、みかんは寝た。博士は前の方の車両で何か作業をしているらしかった。

目を覚ますと、すでに正午を過ぎていた。寝たのが遅かったとはいえ、少し寝すぎだ。いつの間にかオーストラリアより高緯度に進んでいたらしく、すでに南極大陸がかすかに見えてきている。ちょっと感動する俺と美衣さん。新大陸を発見したような心情だ。
しかしオペラハウスとか見ておきたかったな。いや、オーストラリアの近くを通ったんだろうな、と俺が勝手に思っただけで、実際に見えたのかどうかは知らないけど。
ピスティルさんが窓から近づきつつある南極大陸を眺めている。
「美衣さん、斉藤さん、あそこ見てください、あの少し出っ張って見えるところ」
とピスティルさんが声をかけてくれたので、俺達も窓際によって南極大陸を見つめてみる。しかし、氷の大陸はまだ遠すぎ、俺達には出っ張りを確認できなかった。
「すみません、わたしには見えるのです、わたしにはズーム機能がありますから。美衣さん達には見えない、って事を忘れてました」
思考方式も直したとか言ってたけど、なんか天然キャラになってないか?
「わたしが言おうとしたのは、フランスの観測所でデュモン・デュルビル基地の事で…、そうだ、ここから見える岸にはアデリーペンギンが住んでるんです、とてもかわいいですよ」
これには美衣さんが反応した。
「アデリーペンギンって、どんなの?」
「ええ、体長は七十五センチメートルくらい、体重は四から六キログラム。顔は黒くて、目の周りだけ白い。絵本とかによく出てくる種類です」
と言って黒板に絵を描きはじめるピスティルさん。
「えっと、こんな感じです」
出来上がった絵は、とてもかわいらしく描けていた。確かにこんな感じのペンギン見た事ある。
「あ、ここはアデア岬です、ここら辺は皇帝ペンギンが多いです」
と行って窓の外を指差す。さっきより近いので、アデア岬とやらがよく見える。ただ、どこからがその岬でどこまでが海を覆う氷なのかははっきりしなかったけど。
「ここは東南極大陸ではじめて探検隊が上陸した場所で、南極最初の越冬地です」
ピスティルさんは楽しそうにツアーガイドをやっている。と言うより、慰与さんを助けに来たのにこんな観光ムードでいいのだろうか。
しかしその時。
「百合人形を確認!」
とみゆなの声がした。
俺達が見ていたのと反対側、沖の方に白い影が見える。
ピスティルさんがペタルに何かを確認するかのように壁に触れた瞬間、
百合人形から強烈な光が放たれ、ペタルを包み込んだ。
その光はペタルの車内をも完全に満たした。影が出来る場所は一つも無い。
俺は強烈な吐き気に襲われた。みんなは大丈夫か、と思って確認すると、美衣さんもひどく気持ち悪そうな顔をしている。ピスティルさんは、と思って見ようとしたが、もう眩しすぎて目が限界だ。俺は目を閉じる。ただ目を閉じただけのつもりだった。しかし、俺はまぶたを閉じた瞬間に意識を失った──


V


その頃、大西洋の上に一隻の客船が浮かんでいた。
その船の甲板に、一人の女性が出てきた。流暢なドイツ語で小さな男の子と話している。彼は、彼女が仲良くしているドイツ人夫妻の息子だった。少し前に男の子は迷子になって、彼女は夫妻とともに分担して彼を探して、そして見つけた。彼女が携帯電話で連絡したので、この男の子の両親は甲板で二人を待っていた。彼女は男の子を両親のもとへ返す。父親が迷子になった事を注意し、母親は彼女に礼を言う。彼女は返し、しばらく幸せそうな家族を見つめた。家族は船内のスシバーへと向かう。
彼女の名前はケイリクス500という。彼女は、博士に作られたメイドロボの一人だった。
「んん、ピスティルは元気になったかな」
と、彼女は甲板から海をのぞみながら言った。しかし本当は彼女も、あまり元気な状態とは言い難い。
博士の作るメイデノイド達─ピスティル以前の博士製メイドロボは自分達をメイデノイドと呼ぶ─は、「絆」とでも呼ぶべき物でつながっている。単にデータの送受信を行う事を指すわけではなく、彼女達は、例えるならば生まれたばかりの赤ん坊が母親に対して感じる一体感のようなものを、心の一部でお互いに感じているのだ。ケイリクスの「絆」は彼女より前に作られた全メイデノイドと繋がっていた。しかし、その「絆」が以前切断された事がある。ケイリクスの姉に当たるメイデノイド、リリーが旧統制者との戦闘中に行方不明になったのである。その時、彼女達は暖かい一体感を一度喪失している。元から精神面が不安定だったケイリクスは、一体感を失った事で一時的に機能停止にまで追い込まれた。博士が懸命に「治療」してくれたおかげで今は普通の活動は行うことが出来る。だが、レンジャー達と共に戦い、リリーに匹敵するほどの強さを持っていた以前のケイリクスに戻る事は無かった。
しかし、ピスティルの場合はそれ以上なのだ。
なぜピスティルは形式番号「700」なのに彼女と対をなす列車、ペタルは「N700」なのか。
それは、ピスティルと本来対をなす列車であるピスティル700BTが破壊されてしまったからである。その時ピスティルはまだ試行段階で戦闘に関わっていなかったが、旧統制者のパペットに破壊されてしまったのだ。メイデノイドと、彼女達と対を成す列車の関係はメイデノイド同士の関係以上であり、自分の一部、と呼んでいいほどの関係なのだ。それを失ったピスティルがどうなったのか。それはあまりにも形容し難い。そこで博士は新しく列車を作り、ピスティルと対をなすようにと試みた。試みはある程度はうまくいった。ピスティルはケイリクス程度に復活した。だが、言葉遣いや思考などは狂ったままだった。ピスティルの口調がおかしかったのにはこのような経緯がある。
『と言っても、まだピスティルに会った事は無いのだけれど』と、ケイリクスは心の中でつぶやいた。彼女はリリーの一件から回復した後、博士の新しい研究所に帰らずに、地球上のレンジャー達にとって重要と思われるポイントの調査も兼ねて療養のための旅行を行っていた。
「はーあ、一回ぐらい帰ってみようかな。妹の顔も見たいし」
そう彼女が独り言を言ったときの事だ。
彼女は南極海に、大規模な精命力の流れを観測した。彼女は昔レンジャーと共に戦っていた事は先ほど述べたが、彼女はこの世界を主な活動場所としている光達のチームとは違うチームに属していた。魔法世界を主な活動場所とするチームである。そのときに彼女は精命力の流れを感知することが出来るように改良を施されている。
『どうする、わたしが行っても戦えないけれど』と彼女は思考を巡らせた。
しかし、出た結論は。
「おいで!500BT!」彼女が叫ぶ。すると、海の中から何かが浮上した。
流線型の、どことなく戦闘機にも似たデザインの先頭車両を持つ列車が海を割って現れる。
彼女は客船と併走する列車に乗り込み、彼女の相棒たる列車、ケイリクス500BTに指示を出した。
「行き先は不定。南極海の精命力を追尾して。最高速度で!」


シーン1 斉藤の夢


セミが鳴いている。ここは山道で、九歳の俺は友達数人と虫をとりに来たのだった。カブトムシがいないものかと、道からそれて樹液の出ている木を見て回る。少し経って、俺達は金属で出来た奇妙な物を見つけた。大きさは二メートルほどで、ラグビーボールのような形をしていて、側面についたドアは半分はがれて、子供が一人入れるくらいの穴が開いていた。
『入ってみようか』
『だめだよ、絶対危ないよ、こんなの』
『いいじゃん、ちょっとだけならさー』
『危ないってー』
俺は独りでその中に入ってみた。入ったところには何もなくて、後ろを振り返ると水槽があった。ラグビーボールの三分の一は水槽だった。泡でにごっていてよく見えなかったが、その中には椅子のようなものが見える。
狭かったし、暗かったので、俺は外に出ようと思った。だが。
入ってきた穴からものすごい量の光が入ってきて、俺はまぶしくてボールの奥に戻った。何が起こったのかを理解する前に、音がやってきた。この音は大きすぎて、聞こえた瞬間に耳が許容量を超えて何も聞こえなくなった。俺は何かを叫び続けた。自分でも何を言っているのか分からなかったし、自分の声すら聞こえなかった。次にやってきたのは風だった。ニュースでしか見た事が無いような巨大な竜巻が襲ってきたようだった。何かが風に飛ばされて俺が入っているラグビーボールに当たった。どう考えても木の枝とかじゃない。多分、岩が飛ばされてぶつかってきたのだ。数分の間風が吹き荒れ、俺は叫びながらおびえ続けた。ようやく風がやんで、俺が落ち着きを取り戻し、外に恐る恐る這いでてみると、外には何も無かった。土ぼこりでほとんど何も見えなかったのだ。木々は根元から吹き飛んでいて、地面は耕したばかりの畑のようになっていた。友達がどこへ行ったのかは、全く分からなかった。ふとラグビーボールをみて見ると、入口の所が赤く濡れている。近づいてよくみると、考えたくも無かったが、やはり血だった。おそらく、跳んできた岩でつぶされた後、さらに飛ばされてしまったのだろう。俺は自分の服を見てみた。赤く湿っている。俺の手も、足も、全てが血で染まっていた──


シーン2 限定世界


俺は目を覚ました。ミンミンゼミが大合唱で鳴いている。ここはどこだろう。俺は確かペタルの中にいたはずだ。なぜこんなところにいるんだろう。多分、あの妙な攻撃で飛ばされたのか、まだ夢を見ているかのどっちかだろう。
ここは山道で、暑かった。奇妙な夢を見たせいか、気分が悪い。美衣さんたちは、ときょろきょろ辺りを見回していると、
「にゃあ」
と猫の声がした。小さな黒猫だった。迷い猫だろうか。俺も迷子のようなものなので一緒に連れて行こうか、と考え、手を伸ばすと逃げたりせずに近寄ってきた。飼い猫なんだろうか。
両手で水をすくうように子猫を乗っけて、ここにいても仕方が無いので、歩き出す。猫は半ば丸まったまま、前を見ている。視線がふらふらとして、目に入るもの全てを視界に収めてやる、って感じのまなざしが子猫らしくてかわいかった。しかし、よく考えれば和んでいる場合じゃない。そう言えば、と思わず独り言が漏れる。
「そう言えば、みんなどこにいるんだろう、美衣さんとかピスティルさんとか、みかん」
「にゃあ」
なんだ? いきなり鳴いたので、猫を見る。猫もこっちを見ていた。
「美衣さんとかピスティルさんとかみかん」
「にゃあ」
「ピスティルさんとかみかん」
「にゃあ」
「みかん」
「にゃあ」
……そういえば、みかんって本当は猫なんだよな。
「お前、もしかしてみかんか?」
と、猫に聞いてみる。もしただの猫だったら俺は奇人だ。
「にゃ、気づいてくれましたか。これ、気づいてもらえるまでは人間の言葉に聞こえないんですよ」
と猫が言った。なんだか、猫がしゃべっているのはかなり違和感がある。もしかしたら何かの間違いかもしれない。そこで、俺は猫の額を突っついてみた。
「うわ、痛い、ちょっと、何するんですか、あわ、ちょっと、痛いってば」
どうやら本当に猫がしゃべっているようだ。
「いやすまん、もしかしたら聞き違いかと思ってさ」
「そんな、聞き間違いかどうかを確かめるのなら、自分の頭を叩けばいいじゃないですか!」
「まあいいじゃん。ところでここがどこかは分かるか?」
「分かりません。おそらく百合人形のビームのせいでここまで来てしまったんでしょうね。あたしが猫になってるってことは、斉藤さん達の世界よりも、あたし達の世界に近いみたいですけど」
さりげなく、ここは異世界です宣言をされてしまった。
「ふーん。で、美衣さんとかピスティルさんとかみゆなはどこへ行ったんだ?」
「たぶん一緒に飛ばされて来ているとは思うんですが。魔法が使えたらすぐ分かると思うんですけど」
「今使えないのか?」
「魔法を使うには精命力が必要なんです、」
「生命力?」
「えっと、普通の生命力じゃなくて、『精』命力ね。妖精とかの精」
よく分からない単語が登場した。さすがは異世界人。
「今の場合、特定の見知った人を探すわけだから、魔法もさほど複雑では無いんです。だから幼精を一匹、あの、幼児とかの幼って書いて幼精なんですけど、属性を抜きにして単純に無色として液化精(アクア)を作ってやれば発動できるんですが」
「よく分からんが、幼精がいればいいってわけだな?」
「はい。でも、幼精の気配が全く無いですけど」
「だめじゃん」
「困りましたね」
途方にくれる俺達。とぼとぼと山道を降りていく。なぜ降りているのかと言うと、上るよりは降りたほうが人のいるところに出そうだし、上るのは疲れるからだ。
しばらく歩いていると、広場のような場所に着いた。よく家族向けハイキングコースとかにある、ベンチやテーブルが置いてある、芝生で埋められた狭い平地のような所。その真ん中に、人が二人倒れていた。一人はレンジャーの光(コウ)で、もう一人は黄色い戦闘服を着込んだ誰かだった。両方ともちゃんと胸が上下しているので、ただ昼寝しているだけじゃないかな。
「レンジャーさん!」
とみかんが駆け寄る。だが起きない。
「起きてください!」
とみかんが何度言っても起きない。当たり前だ。みかんは、みかんだと気づいてもらえるまではただの猫としてしか認識されないのだから。俺が起こせば早いのだが、なんとなく面白いのでみかんを見守ることにする。
「起きてったら!」
何度か光の頬に猫パンチをするみかん。まだ起きない。みかんが助けを求めるかのようにこっちを見る。
「頑張れ」
「そんなあ!」
みかんはやけになったのか、光の頬に連続猫パンチ─技名はおそらく目覚ましビンタ─を繰り出した。
「なんだ?」
といって起きる光。おはようございます。
「この猫は、みかんだよね」
「そうです」
「光さん、どうしてここに?」
わからないな、と言いつつ左手首にある何かを操作する光。
「うん、やっぱりよく分からないね。と、その前に、蝶を起こさないと」
と言って戦闘服の何者かに近づく。
光に揺り動かされて、蝶、と呼ばれた何者かが目を覚ます。地面に四つん這いになった格好になると、戦闘服が光を発して液体と化し、蝶の服を濡らすこと無く流れ落ちた。中から出てきたのは、光と同じジャケットの色違いを着ている女性だった。奇妙な水溜りになった戦闘服に驚いているようだったが、すぐに立ち上がる。
「僕と同じでレンジャー第一部隊所属の『蝶』だ」
「宜しくお願いします」
いやいや、こちらこそ。これでレンジャーの内レッドとイエローがそろったわけだ。
「戦闘服がうまくベクターデータにならない上に、R-フライヤーに送信できないって事は、僕達は異世界に飛ばされてしまったようだね」
「どういうことですか?」
と俺は聞いてみた。
「この戦闘服はね、『ベクターデータ』としてR-フライヤーって言う、昨日君も見たあの列車から僕達の左手首にある『ラスタライザー』に送られて来るんだ」
と言って左手首の機械を俺達に見せる。
「そして、このラスタライザーに送られてきたベクターデータは『ラスターデータ』に変換されて僕達の戦闘服や装備になるわけだ。そして、変身解除時には逆の手順でR-フライヤーに送られる。でも今は戦闘服をR-フライヤーに送信できなかっただろ?これがどういうことか分かるかい?」
「──だから蝶さんとR-フライヤーが異なる世界にいるって事になるんですね」
とみかんが答えた。
「正解だ」
つまり、電波が届かない状態、みたいなもんかな。と俺は適当に判断する。
「一つおかしいのは、ここがどうやらどこの世界にも属していないらしい、ということだね。レーダーも機能しないし」
「そうなんですか?」
「はい。亜空間ともちがうようです」
と蝶が答える。
結局、ここはどこなのか全く分からないようだ。立って考えるのもあれなので、というみかんの勧めで俺達はテーブルに着く。しかし、もっぱら話し合っているのは光と蝶で、俺達は暇だ。
「あのさ、みかん」
「なんですか」
「お前の世界にはやっぱり魔法学校みたいなのがあるのか?」
「学校はちゃんとありますよ。でも魔法学校ってわけじゃないです。科目の一つに魔法があるだけです」
「そうなのか。最初に習うのはどんな魔法だ?」
「まずは液化精を使ったきずぐすりの作り方を覚えます」
「魔法的な効き目があるのか?」
「いえ、普通の軟膏です」
こんな他愛もない話をしていたら、いきなり近くの草むらからみゆなが飛び出してきた。
「あ、斉藤さまにみかんさま。お久しぶりです」
何でこんなところから出てくるんだ。
「目が醒めたらぁ、向こうの崖の真ん中辺りにいたので飛び降りたら、」
と言ってここから一キロほど離れた崖を指差す。百メートルを軽く超えるような切り立った崖だ。その真ん中から飛び降りたのならば、五十メートルは落ちた事になるが…。すごいぜみゆな。
「獣道に出たのでぇ、そのまま道なき道を歩き続けた結果です」
「おや、みゆなじゃないか」
「ああ、光さま、こちらにいらっしゃったのですね! みゅーは感激です!」
「分かった、分かった。その感動は後で分かち合おう。今はこの世界から出る事が最優先事項だからね」
「この世界が何なのか分かりますか?」
と蝶が聞く。
「はい、おそらく、幕屋か神籬(ひもろぎ)、あるいは神輿(みこし)を使った限定世界でしょうね」
「そんな、限定世界の魔法はすでに失われているはずです!」
とみかんが反論した。
「君達にとっては、ね。旧統制者側には継承者がいるのかもしれないよ。それか、奴らが碑文を解読して復活させたのかも」
と光が言った。
「限定世界って何なんだ?」
と俺が聞くと、
「簡単に言えば、ごく小規模の世界を作ってしまう魔法です。有名なところでは『五神山の世界』なんてのがありますね」
五神山、なんて聞いた事もない。が、そんな俺を置いてけぼりにして、真剣になっているからだろうか、普通の口調になっているみゆなは説明を続ける。
「小規模な世界って言うのは案外簡単に作れます。でも、難しいのは維持なんですね。私達が住んでいるような大規模な世界は、大きすぎて逆に安定しているんです。でも、小さい世界は違う。例えるのは難しいけれど、箒なんかを手のひらの上で立たせるのはそこそこ簡単だけど、鉛筆を人差し指の上で立たせるのは難しいでしょう?」
みゆなの説明は続く。
「遷宮や遷座とかの儀式は、世界を安定させるために行われるのです。私達の世界みたいな大きい物は、『式年遷宮』のように二十年周期くらいで行ったり、あるいは歳差運動クラスの長周期で遷宮・遷座すればいいのですが、小規模な世界は違います。この世界は、大体この山一つ分ほどの規模しかないので、遷宮・遷座を行うというよりは、常に動かし続ける必要があるでしょうね」
「だから、その核となる幕屋か神籬、神輿を破壊すればこの世界は消失するはず」
とみかんが説明を引き継いだ。さすがは魔法世界代表とレンジャー魔法担当員。いいコンビだ。
「じゃあ、その核を探さなければならないってわけだね?」
と光が確認をとる。
「はい。おそらくは聖別された場所にあると思います。多分自律式の小神殿のようなものだと」
「じゃあ探査機でも使って探そうかな。おっと、ここではラスタライザーの機能が制限されるんだったね。ラスタライザーの接続先を一時的にみゆなにするよ。いいかい?」
「はい、光さま」
光と蝶がラスタライザーを操作した。すると、水溜りになっていた蝶の戦闘服が縒りをかけた糸のようになってみゆなに吸い込まれていく。
「レンジャースーツの一時的な保管が完了しました。隊長も、みゆなの中にあるバックアップデータを使えば変身できると思います」
「そうだね。じゃあ、探査機を飛ばそう」
と言って光がラスタライザーを操作すると、ホログラムで出来ているような赤い鳥が現れた。
「頼んだよ」
光がそう言うと、赤い鳥は飛び立ち、キュイーッと鋭く一度鳴いて、数百体に分裂すると、方々に散って言った。
「さて、すぐに帰って来るだろう。オリーブの葉を持ってね」

シーン3 アデア沖


右院美衣は、衝撃で目を覚ました。
彼女がペタルの車内を見回すと、ピスティルが倒れているのが目に入った。
「ピスティルさん!」
と彼女は駆け寄り、ピスティルを起こそうとする。しかし、何度揺り動かしても起きる気配はない。
「大丈夫か!」
と言って博士が入ってきた。
「ピスティルさんが!」と半ば泣きそうになりながら美衣が叫ぶ。
「多分、強すぎる精命力の流れに当たりすぎて、一時的にピスティル内のエネルギーが空回りしているんだろう。しばらく寝ていれば治る」
そのとき、また衝撃がやってきてペタルが大きく揺れた。
「百合人形(メイデンドール)か、さっきのと違って手ごわい奴のようだが、ピスティルが動けない今の状況ではな」
「斉藤たちはどこへ行ったの!」
「さっきのビームのせいで違う世界に飛ばされてしまったみたいだ。あっちはあっちでうまくやってくれるだろうから、今はこっちの問題が先だよ」
博士が落ち着いた口調で話すので美衣も少し落ち着く。
「何か方法はあるの?」
「フローラを操ることができるのはピスティルだけだが、ペタルの運行に関しては僕も口出しできる。何とかやってみよう」
そう言って、博士はペタルに指示を出す。
「上に乗っている邪魔者をどうにかしてくれ」
「そんなんでいいの?」
と、あまりにも適当な命令に対して美衣が疑問を浮かべる。
「大丈夫だよ、ペタルにも意思があるから」
すると、ペタルが緊急モードに入る旨を告げるアナウンスが流れ、車体が海から浮き上がり、空中で蛇のようにのた打ち回る。相変わらず車内は地球の重力や慣性の法則などを無視するため、美衣たちは普通に立っていられる。
百合人形は美衣たちが乗っている車両、十一号車の屋根に相変わらずしがみつき、胸部から発射される赤い光線でペタルを攻撃し続けている。美衣たちは他の車両に避難する事にした。ペタル二号車の窓が一斉に開き、ビーム砲のような物が現れ、百合人形に狙いを定める。幾条もの光線が百合人形に向かったが、百合人形が左手のひらを広げると、バリアのような光のフィールドが展開され、光条を受け止めてしまう。そして胸部から光線を発し、全てのビーム砲台を破壊した。
その後も、実弾兵器やミサイルなどで攻撃するが、ことごとく百合人形に受け止められ、無力化されてしまう。
「他に武器はないの!」
「ペタル本体はバックアップでしかないからね。主力兵器はフローラなんだ」
「じゃあどうすれば、」
「今の状態ではな、ピスティルの目が醒めない限りはなすすべも無いかな…、ん?」
と言って博士が黒板モニターを覗きこむ。
「どうしたの?」
「うん、なんでもないよ」と言ってにやりと笑う。
わけが分からない、と言う表情を浮かべる美衣。
その時、一際大きな衝撃がペタルを襲った。百合人形の攻撃のせいで、とうとう天井に穴が開いてしまったのだ。
「十一号車を破棄しろ、ついでに爆発させて攻撃」
と博士が命令を出すと、十一号車の連結がとかれ、百合人形を乗せたまま爆発四散した。それでも百合人形は僅かにのけぞるだけで、十号車にしがみついた。ペタルが十号車と十二号車の連結を終え、百合人形が胸部から光線を発射しようとしたその時、
『久しぶりー! 博士!』
と声がして、戦闘機にも似たフォルムの先頭車両を持つ列車が百合人形に突っ込んだ。その列車は百合人形を引っ掛けたまま真下に方向転換し、厚く氷の張った海面に突っ込んだ。盛大に氷が割れ、巨大な水しぶきがあがる。
「もしかして、あれは」
と美衣が呆然として言い、
「ピスティルの姉に当たる、ケイリクス500だよ」
と博士が答えた。
列車が氷の下から戻ってきて、ペタルと併走する。
『ドア、開けてよね』
と声がすると、ペタルのドアが開き、向こうの車両から女性が一人ペタルに乗車した。
「ただいま、博士」
「ここは僕の家じゃないよ」
「もう、すごく久しぶりなんだからただいまを言ってみたかっただけよ。お帰りくらい言いなさいよね」
と、ケイリクスが口を尖らせて言う。
「ここは僕の家じゃないからね、」
「はいはい。あなたが美衣さん?ブラックゴッドのアルバイターの」と、美衣の方へ寄ってきて言った。
「そうです」と、まだ放心状態から完全に復帰できないまま、美衣は答えた。
「宜しくね」
「こちらこそお願いします」
と、妙に和やかなムードになった車内にまた衝撃が襲う。
「あいつ、まだ生きてたのか」
と博士が言った。
「ピスティル、いつまで寝てんのよ、早く起きなさい」
とケイリクスが言いながらピスティルに触れると、ピスティルが目を覚ます。
「あなたは?」
「はじめまして、あなたの姉のケイリクス500。博士から聞いてるでしょう?」
「お姉ちゃん?」
とピスティルがケイリクスの目を見つめる。
その時、ケイリクスは暖かい一体感が戻ってきたことを感じた。ピスティルとの間に「絆」が繋がったのだ。心の奥底から甘い疼きが体の隅々へと波紋のように広がっていき、ケイリクスの体中に力が宿る。
「なんか調子が戻ったわ。こんな風になるんだったら、早くピスティルに会っていれば良かったな。メイデノイドの戦いを存分に見せてあげるわよ」
ピスティル、とケイリクスが呼びかけたが、ピスティルは慣れない感覚に戸惑っているようだった。
「あなたは長い事一体感とは無縁だったから無理も無いわね、すぐ慣れるわ、今はとにかく、あいつを倒さないと」
そして、ケイリクスは彼女の列車に戻り、ピスティルはペタルの後部車両へと走って行った。
「あの人も、メイドロボなの?」
と美衣が博士に聞く。
「そうだよ。僕が作った。あの子達は自分の事をメイデノイドって呼ぶけど」
美衣は窓の外を覗き、となりを走る列車を見た。今まさに、その後部車両のパーツが組み変わり、人型のロボットになるところで、完成したロボット─こちらはHRP-2アイリスと呼ばれる─は、フローラと違ってスマートで鋭い形をしていた。美衣は黒板のモニターに目を移す。そこには、ピスティルが乗っているフローラの姿があった。二機はお互いに目で合図を送るような仕草を見せ、同時に百合人形へと躍りかかった。

シーン4 天使


しばらくして、赤い鳥が帰ってきた。光はまたラスタライザーを操作して言った。
「頂上付近に鳥居が立っているそうだ。そこを境に結界らしきものが張られていて中は探査不能。かなり怪しいね」
「おそらくそこが核でしょう」
とみゆなが言った。どうでもいいけど、みゆなが真面目な口調で話をしているのはかなり奇妙だ。
「そうだね、じゃあ出発しよう」
「はい。みゆな、リープは可能ですか?」
と蝶が言った。
「できますよ。じゃあそのポイントまで送ります」
とみゆなが答え、
私は後で合流します、と言いながら、俺達に向かって白い光線を発射した。天地がひっくり返るような感覚がして、俺は吐きそうになったが、そんなのも一瞬で終わり、俺達は鳥居の前に立っていた。
「どうしてみゆなはテレポートして来ないんだ?」
と俺が聞くと、
「リープは便利ですが、みゆなのようなロボットを移動させることが出来ないんです」
と蝶が答えた。
「さて、この鳥居だけど、」
と光が言った。
「まずはくぐってみようか」
光は普通に歩いて鳥居をくぐろうとした。しかし、見えない壁に阻まれる。
「結界だね。どうやったら壊せるだろう」
「単純に攻撃すれば壊れるタイプだと思われます」と蝶が答えた。
そうか、と言って光がラスタライザーを操作し、右手首のバンドをラスタライザーにかざした。すると、光の体が光に包まれ、赤い戦闘服が現れた。妙なデザインのフルフェイスヘルメットも装着される。これぞレンジャーって感じの変身だった。
「フルークガン」
と言って光が右手を前に出すと、虚空から銃が現れ、光はそれを握ると結界に向けて撃った。バフウッと言う小気味のいい爆発音を響かせ、銃弾が放たれた。それは結界にぶつかり、雷が落ちる音とガラスが割れる音を混ぜたような音が大音量で流れ、結界がぶっ壊れた。すると、今まで昼間だったのに、いきなり空が夕暮れに変わり、ミンミンゼミの大合唱も、ヒグラシにとって変わられる。
「ここまで影響があるって事は、ここがコアって事で間違いないね?」
と光がみかんに尋ねた。
「はい。早く壊してここから出ましょう」
「そうだ、その事なんだけれど、」
と光が俺達に言った。
「なんですか?」
と俺が聞く。
「この世界が壊れたら、この世界にいる僕達も一緒に崩壊してしまう。だから、この世界が崩壊し始めたらすぐに、僕達が世界の裂け目からいったん亜空間に脱出する。そこからまた元の世界に戻るって事にしたいんだ。だから、コアを破壊したらすぐに僕か蝶かみゆなにつかまってくれ。肩に手を置く程度でもいい。それをしないと崩壊に巻き込まれて消滅してしまうから」
恐ろしいな。絶対に光や蝶から離れないようにしよう。
「じゃあ、行くよ。蝶も変身しておいたほうがいい」
そう光に言われて、蝶は変身した。最初に見たあの黄色い戦闘服だ。
俺達は鳥居をくぐる。
中では黒い、一辺十センチメートルくらいの立方体が飛び交っていた。
「天使?」
とみかんがつぶやく。
「そうみたいですね」
と蝶が同意したが、俺にはさっぱりだ。
「私の世界には、大昔の人が作った魔法の道具、『天使』が空にたくさんいるの。作られた時には精命力の受け渡しや情報の伝達に利用されていたみたいなんだけど、今は壊れちゃってただ浮いてるだけ。あの黒いサイコロみたいなのがそう」
とみかんが説明してくれた。その時、やっと追いつきました、と言ってみゆながやってきた。あの広場からここまではかなりの距離があるが、さすがは五十メートルを飛び降りるメイドロボ。すごく早いな。
「天使ですね。おそらくあれを神社に見立てて動かし、この世界を保っているのでしょう」とみゆなが分析する。
「じゃあ、あれの動きを乱せばいいってことだね」
と光が言った。
「はい」
と言うみゆなの答えを聞くや否や、光は銃を天使の大群に向けて撃った。
先ほどとは違い散弾で、天使の動きを止めるためのもののようだ。俺達は光の言いつけどおり、一番近くにいたみゆなにつかまる。
天使たちは機械的な悲鳴を上げた。それと同時に視界がゆがむ。俺の頭がおかしくなったのではなく、世界が壊れかけてきているのだろう。これで帰れる、と思った。
しかし、
天使達が集合し、五メートルほどの人の形になった。そして光に向かってこぶしを叩きつける。光はそれを受け止めるが、圧倒的過ぎる体格差のせいで今にもつぶされそうだ。
「光さま!」
とみゆなが言って駆け出し、チェンジ、ラディカルミューナ!と叫んで変身した。みゆなの服が白く変わり、プロテクターのようなものが装着された。みゆなにはヘルメットは無かった。そして光と共に天使のこぶしを押し返そうとする。蝶が銃を構え、天使に向けて撃った。天使はバランスを崩しよろめき、光とみゆながこぶしから逃れる。蝶はもう一度天使を撃ったが、天使の動きは止まらない。
「一瞬でもこの天使の動きを止められれば、この世界は崩壊します!」
とみゆなが叫び、みゆなも銃を取り出した。そして撃つと、天使の腕に当たり、そこが凍りついた。
「そうか、アイスビームを使えば、」
と光が言って、光も銃で撃つ。天使の右足が凍った。
天使はバランスを崩し、倒れた。結合を保てなくなったらしい立方体が数個、俺達の方に飛んできて、それは蝶によって撃ち落とされた。
天使はもがき、光達は撃ちつづける。全体が凍るのも時間の問題だ、と思われたとき、凍っていない天使が結合をといて飛び立った。光たちが一瞬戸惑いを見せると、今度は二メートルほどの人型になって襲い掛かる。小さくなった分だけ動きがすばやくなり、銃弾をうまくかわす。しかも時々結合をといて分散し、別の場所で結合するものだから神出鬼没のようなものだ。
「次はどこに出て来るんだ!」
と光がいらだたしげに言う。
すると、
「あそこ!」
とみかんが言った。
光がみかんの指差した方向に銃を放つと、まさにそこで結合しようと集まってきていた立方体に当たり凍りつく。
「どうして分かるんだ?」
とみかんに聞いてみる。
「天使には精命力が入っているから、わたしにはどこに集中しようとしているのか分かるの。みゆなさんにも分かるはずだけど、みゆなさんは戦闘中で精命力の流れに集中することは出来ないから」
そうか。と俺は適当に返した。とにかく当たるようになったのだから喜ばしい事だ。
「次はあっち!」
とみかんが言い、今度は光、蝶、みゆなの三人でそこを撃った。全ての銃弾がヒットし、天使が全て凍りついた。
世界がゆがみ始める。どこからか、教会の鐘のような音が聞こえた。俺達は急いで光の腕にしがみつき、光達は世界の崩壊とタイミングを合わせて、亜空間へと脱出した。
俺はまた吐き気に襲われ、少しするとサイケデリックな世界に立っていた。ここが亜空間らしい。
「とにかくペタルの中に行ってくれ。向こうも大変な事になってるんじゃないかな。僕達は南極圏に行くことが出来ないから、ここでお別れだ。もちろんみゆなはそっちに行く。じゃあ」
わけが分からないうちにまた吐き気に襲われ、俺は目を閉じて耐える。体が奇妙な浮遊感に包まれた。

シーン5 アイリス&フローラ


百合人形(メイデンドール)が、ピスティルが操るフローラとケイリクスが操るアイリスに気づき、振り返る。左手のひらからバリアを展開しようとするが、遅い。アイリスはメイデノイドの巨大ロボットの中で唯一地球重力圏内での飛行能力を有し、さらに最速を誇る。アイリスの強烈な膝蹴りを喰らい、百合人形は氷に覆われた海へと落下する。氷の下に沈んだ百合人形を、なおも追撃するアイリスとフローラ。フローラは飛行できないためペタルに接続したワイヤを用いて緩やかに氷の上に降下し、アイリスは抵抗を減らすためにボーイングX-48のような形状の全翼機に変形し氷へと突っ込む。
入水時の衝撃と水による抵抗のせいで機動力を失った百合人形にアイリスは飛ひょうのようなものを発射した。これは相手に刺さった瞬間先端から冷却ガスを噴射し氷結破砕する射程武器である。それは百合人形の右腕に命中した。アイリスを迎撃しようと、右腕を失った百合人形は胸部からビームを発する。しかし水中であるため発射の瞬間に水が爆発し、逆に百合人形がダメージを受ける。爆発による気泡で海水が白く濁った中へ、アイリスがさらに飛ひょうを飛ばす。しかし、これは百合人形のバリアに跳ね返されてしまった。バリアへの衝突による衝撃で冷却ガスが噴出し、周囲の海水が一瞬で凍り、氷塊となってゆっくりと海面へ向かって浮いていく。
アイリスはなおも攻撃を続けようと百合人形に接近するが、海面方向から突っ込んできた何かによって妨害されてしまった。ぶつかってきた物は二枚の板が縦に繋がったような形状で、一枚目は先端が流線型にとがった長方形、二枚目は一枚目と幅が同じ長方形であった。百合人形は残された左手からワイヤを出し、その一枚目先端に接続し、左足を一枚目後端、右足を二枚目の中ほどに乗せ、サーフボードに乗ったような格好になった。そしてそのまま海上へあがろうとする。ボードによって機動力がかなり向上し、今までとは比べ物にならない移動速度で一気に海面の氷を割って飛び出し、そのまま空中を滑空し、氷上で待機していたフローラに向かう。
フローラの武装は現在、腕から出すビームリボンしかないため、空中の敵に対する攻撃手段を持たない。さらに百合人形はビームを射出することが出来るためにフローラは圧倒的に不利である。百合人形は胸部からのビームを射出した。フローラはペタルと接続しているワイヤを巻き取りながらジャンプし、勢いを付けてビーム射出のために一瞬動きが止まっていた百合人形へと急接近し、ビームリボンで切りつけた。これに対し百合人形はビーム射出を中止して回避、距離を取りながら宙返りのように回転し、乗っているボードの後端でフローラを叩きつけた。振り子のようになっているために放物線とは逆向きの孤を描いて突き飛ばされるフローラは、さらにワイヤを巻き取ってペタルに直接つかまった。上部分がフローラに変形したために台車部分だけになっている十四から十六号車の、十六号車と十五号車の上に立って百合人形と同じ格好をとり左手のワイヤを先端に接続し、十五、十四号車間の連結をといて百合人形同様に滑空する。フローラは巧みにビームを避けながら百合人形に接近しようとするが、百合人形の方も回避し続ける。それを何度か繰り返している間に、アイリスがショックから回復して海中から姿を現し、ヒューマノイド形態へ変形した。そのまま百合人形に襲い掛かり、左手からワイヤを接続した飛ひょうを発射し、百合人形の喉元に突き刺し、ワイヤを巻き取り、引き寄せる。その衝撃で百合人形はボードから脱落し、喉に刺さったワイヤで吊り下げられた格好になる。アイリスは高速飛行したままワイヤを8の字のように振り、一番勢いがついたところで飛ひょうとワイヤの接続を切断した。水平につき飛ばされる百合人形。数百メートル飛んで行き、氷にぶつかる瞬間バリアを展開し、二百メートルほど氷を削りながら速度を落として、何とか氷の上で立ち上がる。ギシギシと音を立てながら咳き込むような動作をし、左手を喉に持って行き、飛ひょうを引き抜くと、アイリスに向けて投げた。猛スピードで飛んでくる飛ひょうに、わずかばかりの避ける動作も見せずに、アイリスも飛ひょうを発射した。ものすごい音が響き、アイリスの飛ひょうの中の冷却ガスタンクが爆発し、両方の飛ひょうが凍り付いて落下した。深手を負っている百合人形はビームを乱発射して威嚇する。ペタルの台車によって飛行能力を得ているフローラと、元から飛行能力を有するアイリスは空中で軽やかに回避し、距離を縮めて行く。アイリスが飛ひょうを発射し、百合人形がそれに気をとられている間にフローラが突撃し、ビームリボンで斬りつける。百合人形はバリアで防ごうとしたが、バリアの強度が限界を向かえていたのか、ビームリボンとの相性が悪かったのか、バリアは破壊された。とっさに左手を引き、ビームで応戦する百合人形。しかし、背後に回ったアイリスが飛ひょうを投げ、百合人形の背中に命中させる。重い金属の叫びを上げ、百合人形は倒れながら回転しビームを放ち、三百六十度全方位をビームで薙ぐ。五十メートルほど離れた場所に突き出ていた氷の山が切断され、崩れる。アイリスとフローラは急上昇してビームを避けると、アイリスが飛ひょうを放つ。しかし、バリアは破壊されたもののバリア発生装置は健在だったようで、またバリアが展開されこれを防ぐ。百合人形はビームをアイリスに向けて撃ち、アイリスは避けながらまたも飛ひょうを射出する。冷却効果が無い飛ひょうを、百合人形にではなく、足元の氷に向けて発射した。ビームを撃とうとしていた百合人形は、足場を失って大きく狙いを外し、氷に開いた穴を自ら広げてしまった。フローラがその横をかすめるように飛び、ビームリボンで今度はバリアごと左腕を切り落とす。そして防御手段を失った百合人形に、アイリスはありったけの飛ひょうを連続射出した。百合人形は氷結破砕され細かい破片になり、きらめく氷のかけらが舞い上がった。

シーン6 再集結


俺の足が確かな床の感触を取り戻した。見るとここはペタルの中である。帰って来たらしい。みかんもみゆなも一緒で、車内には美衣さん、ピスティルさん、博士、そして見知らぬ女性がいる。誰だあれ。
「ああ、斉藤お帰り」
コメントはそれだけですか? 美衣さん。こっちは死にそうだったんだが。
「こっちだって死にそうだったわよ」
と、美衣さんが説明を始める。その説明を聞き終わった俺はこう言った。
「この車内でのメイドロボと人間の比が一緒じゃないか」
と。あれ? と言って美衣さんが数える。
「人間の方が一人多いわ」
「みかんは人間じゃない。猫だ、それも目が青い仔猫だ」
と、人間に戻っているみかんを指差していう。そんな、こっちの世界にいるときはちゃんと人間なんですよ! と言って人間宣言を表明する猫を無視し、俺は俺の方であった事を美衣さんに報告した。
「要するに、あとはブルーとグリーン、ピンクが出てくればレンジャーが完成するってことよね」
そうだな。って重要なところはそこじゃないだろ。もしかしたらグリーンじゃなくてブラックかもしれないし。
「それはともかく、ようやくみんなそろったわけだし、いよいよ慰与さん捜索のために南極に踏み込みましょう!」
と美衣さんが宣言する。いよいよ慰与さんって。奇妙なリズムだな。
そんな俺達を乗せて、ペタルは氷の上を走り続ける。ここはロス海と呼ばれる海域らしい。旧統制者からの襲撃は無い。
ルーズベルト島の脇を通り、サイプル海岸に上陸─俺はもう上陸したものだと思っていたが、今までのは棚氷で、まだ海だったらしい─そしてクイーン・モード山脈を飛び越えた辺りで、目の前にピンク色の雲が広がっているのが見えた。
「空間転移してしまいます! 避けて!」とみゆなが叫ぶ。
ペタルが下を向き急降下してそれを避ける。俺達は地面に対して垂直になった床に立つ、という不思議体験をした。
「旧統制者の攻撃なのか?」
と俺が聞いて、みゆなが、いえ、磁場が干渉を受けることによって、と説明し始めたとき、南極大陸の地下からすさまじい光がほとばしった。その光は柱をなすように伸びると、上空で先端を展開する。
光が、炸裂した。

W


時は少しだけさかのぼる。ここは南極の地下で、白い、ほぼ立方体に近い部屋の中だ。その部屋のほぼ中央にある特殊な台の上で、慰与は相変わらず寝かせられていた。しかし、彼女の体の傷はさらに深くなっている。つぶされた左目には止血用のスプレーの泡が溜まり固まっていて、さらに悪いことに右足の足首から先が無かった。こちらも失血で死なないようにと、止血スプレーがかけられていた。
「おなか空いたでしょ? もうすぐ出来るから待っててね? 慰与」
と、女が言う。彼女がキャビネットの上で解体しているのは慰与の足だ。骨から腱を剥がし、肉をそぐ。そしてまとめてフードプロセッサにかける。立方体の部屋の中にフードプロセッサの刃が回転する音が響く。これはかなり高いレベルの省音設計だが、この部屋の中で音を出すのは慰与の吐く荒い息か、女の話す声だけなので、フードプロセッサの音がやけに響く。
女はぐちゃぐちゃになった肉の固まりをトレイにあけると、今度は骨を入れる。骨が粉砕され、内部の骨髄と混ぜ合わされる。そして形を整えた肉塊にそれをかけて、慰与のもとへ向かう。
「ご飯出来たよ、食べる?」
慰与は顔を背けた。魔法猫の精神は強く、めったなことで崩壊しない。ここまでやれば、こちらの世界の人間のほとんどは精神に異常をきたすだろうが。
女は台を操作する。慰与はさらに体の自由を奪われる。彼女が動かせるのは、今や右の眼球だけだ。その状態であごを開かれ、無理やり自分の肉を口に入れられる。もちろん飲み込むはずは無い。女は適当な量の水も慰与の口に注ぐと、口を閉じさせ、鼻を塞いだ。呼吸が出来なくなった慰与は自分の意思ではなく、口の中にあるものを飲み込んだ。彼女の右目から涙があふれる。
「泣いてるの? ははは、面白いわね」
女は左手の人差し指で涙をすくう。そして、彼女の右目のまぶたを無理やり開かせ、奇妙な器具を取り出した。しいて似ている器具をあげるなら、どことなくアイスクリームをすくう器具のような形をしている。それを開いて慰与の眼窩に突っ込み、眼球をはさんで引っ張り出した。筋肉が切断され、眼球が抜き取られる。女は視神経だけが繋がった血だらけの眼球を見つめ、自らの口に入れる。噛みつぶすと、パシャ、と言うかすかな音を立てて中からどろりとした液体があふれる。女が気の狂ったように笑う。その時、慰与の体に異変が起きた。空洞になった眼窩が光を発し、透き通った眼球が現れたが、慰与はすぐに目を閉じてしまった。
「あ、あああああ」
と慰与がうめく。この台に乗せられている限り、声は出ないはずだった。女は現状を掴めていない。
慰与の背中から白いものが噴出した。そう女は思ったが、本当は違う。羽根が生えたのだ。左右で一対をなす羽根が三対、つまり六枚の羽根が生える。勢いよく展開された羽根に吹き飛ばされて、女が壁と衝突し、気を失った。あるいは、死んだかもしれない。そして、慰与から光があふれた。その光は上にのび、地盤と厚い氷を突き抜けて地表に出て、なおも伸び続ける。地表から見上げる者がいたならば、柱のように見えただろう。そしてその光は六つに分かれ、羽根のように開いた。
太陽の巫女になるには数々の儀式が必要だが、大半は「三日夜餠(みかのよのもちい)の儀」のように形式的にやっているだけの物だ。そんな中で唯一絶対に必要な儀式がある。「速贄(はやにえ)の儀」と呼ばれるものがそうだ。これは、巫女となるものが聖域において自らの体の一部を自らに捧げることによって行われ、それによって超常の力を手に入れることで、巫女になる儀式だ。
光の発生源である慰与がいる地下室は、もちろんすさまじい光で満ちている。その中で慰与は立ち上がろうとした。しかし、彼女には右足首から先が無かった。ぺたん、と座りこんでしまう。巫女になったことで、すさまじい量のエネルギーが慰与の中に流れ込んでくる。膨大な力の奔流に、慰与は頭がうまく働かない。まだそのエネルギーの御し方が分からないのだ。しかし、すぐに感覚を掴むだろう。今までの巫女達も、三十分もあれば制御に成功している。
その時、部屋の片隅、女が倒れているところから、奇妙な現象が起こっていた。床に穴が開き始める。それは床いっぱいに広がる。だが、穴が開いているのにも関わらず、女も、慰与が乗った台も落ちたりはしない。また、穴は壁や天井にも現れて広がった。部屋が太い十二本の四角い柱で作られた立方体のようになる。今まで前方の壁だった部分と左側の壁の部分の大穴からは、月のようにクレーターが延々と続く大地が見える。天井の穴を見上げると、そこにも同じ大地が見える。ただし、真上に見上げて見えるのは、天頂ではなく遠地点。大地の向きがおかしいのだ。大地が壁のようになっている。そして下を見れば、やはり同じ風景が広がる。しかし、下を覗きこんで見えるのは天底ではなくまたもや遠地点。ただし、天井のものとは天地の方向が逆だ。
そんな奇妙な世界になってしまった部屋の、前方の壁があった所の大穴から見える世界、そこに一人の人影が現れた。髪の毛を腰辺りまで伸ばした十歳程度の子供のように見える。穴を抜けて部屋に入ってきた。すると、穴が収縮し、消えて無くなる。
「もう、わたしの奴隷にひどいことをしてくれちゃって」
とつぶやき、肩の辺りに力を入れるような仕草をすると、背中から羽根が生える。半透明で、内部を淡青色や淡い桃色の液体が流れる美しい羽根。しかし慰与のような、西洋美術の天使のような羽根ではない。イソギンチャクの触手のようなものが絡み合って羽根の形をなしている。その羽根が二枚一対で四対、つまり八枚生えた。羽根を構成する数多の触手の内、一本が女に伸びる。女は首の骨が折れて死んでいた。触手はその折れた首に巻きつくと、首をまっすぐに戻す。すると、死んでいた女が目を覚ました。
「あぁあ、ストーク様」
と呻く。
「趣味に走りすぎよ、確かにどうせしゃべるはずが無いから好きに遊んでいい、とは言ったけど、このまま監禁しとけば混乱を呼ぶ事くらいは出来たのに」
と、ストークが言う。慰与を無視しているように会話しているが、それはストークが、慰与が今の状態では干渉できないのを分かっている事と、太陽の巫女となった慰与に攻撃した所で効果が全く無いことを知っているからだ。
ストークは傷を癒し死をも取り消した触手を、女の首にきつく巻いた。そして、そのまま吊り上げる。
「お許しください」と女が切れ切れに言う。
「だめよ。もう一度逝きたい?」
そう言ってさらに二本触手を伸ばし、胸と腹に巻き付ける。そして、肺に溜まった空気を絞り出すように締め付けた。全ての空気を吐き出した女の目が見開かれ、そして全身から力が抜ける。
ストークが女に何かを言いかける。しかし、その言葉は第二の闖入者によって阻まれた。慰与と同じ羽根が生えた者が慰与の近くに降り立った。しかしこちらの羽根は四枚である。四枚の羽根を持つ者が言う。
「立ち去られよ、旧統制者」
「ふん、淫売女が。言われなくとも帰るわよ」
ストークは、四枚の羽根を持つものに対し毒づきながら女を触手から解放した。女は床に崩れ落ちた。かろうじて生きているが、自分で動くことは出来ない。
「行くよ、奴隷」
と言って触手で鞭打った。女は目を覚まし、激しく咳き込む。ストークはそんな女を首に巻きつけた触手で引きずる。
「さよなら、今度会うときは、わたし達の神とお前達の神のどっちが強いかはっきりしてると思うわ。降誕天人にもよろしく言っといてね」
そういって歩き出すと、部屋がさっきのように不思議な世界に変わり、その穴の一つに入る。そして見えなくなり、部屋が元に戻る。
慰与が目を開ける。そこには普通の瞳があった。彼女は力の制御の仕方を掴んだのだ。切断された右足を見つめ、つぶやく。
「わたしの名前は慰与。慰みを与える者─」
すると、彼女の足首に光が集まり、その光がはじけた後には、完全な足が出来ていた。彼女の体中の傷も、同じように治っていく。
「新生です」
と四枚の羽根を持つ者が言った。
「分かっているけれど、どうして? ここは聖域ではないはず」
と、慰与が尋ねる。
「聖域とは世界が交わる場所。交わった場所はわたし達の世界では浅間神殿ですが、こちらの世界側ではここ、南極です」
「つまりはここも聖域なのね」
「はい。世界は違いますが、それは重なる順番が変わるだけのことで、世界が重なって交わっているのは変わらないのです」
そう、と言って慰与は考え込んだ。予定より早く巫女になって、少しばかり動揺している。
やさしい、暖かい光に満ちた部屋に沈黙が流れる。
「とにかく」
と、慰与は考えるのをやめて言った。
「みかんに早く会いたいな」
そして天井を見上げる。いや、彼女にはみかんが見えている。それは、目を速贄として捧げた事で得た超常の力だ。
「心配かけてごめんね。わたし、今帰るから」