さて、例えば同じクラスの女の子が目の前であからさまな悪の集団と戦ってたら、どう思う?
まあ本気で考えなくて良いぞ?こんな素晴らしい体験が出来るのは俺だけで良い。
特に制服。制服で戦うって防御力とかどうなの?と言う疑問を吹っ飛ばすあのスカートの揺れ。なんとなく慣性の法則とか重力とか遠心力に感謝したくなるな。
俺貴重な体験してるぞ。
この前の席替え(くじ引き)で偶然にも隣の席になった右院美衣さん。あまり仲がいいってわけじゃないが。頑張れ、美少女戦士。全身黒タイツで仮面をしてる敵は3人だ。
俺?俺が何をしてるかって?それはもう華麗に美衣さんと共に戦ってる、なんて事があるわけなく、敵に捕まってるのだ。しかもでっかい鳥かごみたいなのに入れられて。友人と遊びに来ていた駅前から家に帰るために自転車に乗ろうとしてたら、自転車を引きながらうろうろしてた超怪しげな奴らに捕まった。瞬間、美衣さんがやってきて戦闘になったってわけ。やっぱこういうヒロインは、敵が出る場所と時間が分かるらしいな。
美衣さんがナイフを取り出す。
「シャクティ───ッソ──────ドッッ」
武器名(技名?)を叫ぶ美衣さん。
「ぐヘアーーッ」
いい具合に吹っ飛ぶ悪者B。
「くそうっ、よくもリーダーをっ」
と、悪者Cが思いっきり突っ込んでいく。あー。死ぬパターンだ。
「ぐヘアーーッ」
やっぱり。そして、俺を監視してた奴(悪者A)が俺から離れ、仲間のもとへ。
腰に手を当て、悪者達を指差し叫ぶ美衣さん。
「古今東西、悪の栄えたためしはないわ!」
「お、覚えてろよっ!」
逃げる悪者。だが彼らに3人乗り自転車は用意されていない。
「大丈夫だった?」
と、こっちに歩いて来る美衣さん。鳥かごを壊す。
「おう平気へいき」と外に出て俺が言う。
「って、あんたあれじゃん、斉藤じゃん」
今まで気づかなかったのかよ。
「まあいいわ。何であんた、不法駐輪を敢行しようとしてたアホどもに捕まるわけ?」
あいつらあの格好でそんな事をしようとしていたのか。小さい奴らだな。
その時。
トゥルットゥルットゥートゥルットゥートゥートゥー♪
と携帯電話が鳴る。おそらく戦闘中に落としたのであろう、路上に落ちている美衣さんのものだ。
俺の方が近かったので、拾って渡す。サブウインドウには、
「件名:☆彡 戦闘ご苦労様です ミ☆」
とあった。
疑問に思う俺。誰からだ?もしかして正義の集団?
「ああ、店長からか」
携帯を渡すと、美衣さんが言った。
「誰?」正義の集団である事を期待しつつ、聞く。
「ネルトって言う、さっきのアホどもが所属してるブラックゴッド地球支店の店長」
「ブラックゴッドとは?」
「全宇宙の支配をもくろむ、悪の集団よ」
「ありがちだな」
「……ん、次は新しい武器が出るのか」
つぶやく美衣さん。そしてやっと驚愕の事実に気づく俺。
「お前!悪の集団の中ボスとメル友なのかよッ!」
「そうだよ」
あっさり。夢をくじかれる俺。世の中うまくいきません。そう言えばグッドタイミングで来たよな。美衣さん。そういう裏があったのか。でもなんで悪の店長(?)と美少女戦士がメル友なんだ?
「なんでって、街歩いてたらさ、声かけられて。バイトやりませんか、て。」
「誰に」
「店長」
「アルバイトなのかよ」
「そう。一回出動する毎に8,500円」
「高いな」
「でしょ」
「俺に斡旋してくれたりは」
「しない。一人で十分、てか、二人もいたら店長大変よ」
「そう言えば、なんで戦ってんの?」
「ノルマってのがあってね。店長には。」
「はあ」
「そのノルマがね、『月一回は治安を破壊する行動をしろ』ってやつなの」
「分かりやすいな」
「でも店長に地球を支配する気はないし、某恵那峡遊園地の大ファンだから、何とかして地球の被害を減らそうとしてるの」
「ほう。またローカルなお方ですね」
その後の彼女の話をまとめると、次のようになる。
次の日。
「おはよう、斉藤君」
「おはよう」
美衣さんは元気そうだ。某巨大掲示板に昨日の事でスレを立てるか立てないかで一晩中悩み、眠れなかった俺(結局、スレ立てはやめた)とは大違いだ。
「酷い顔してるよ、どうしたの」
「よく寝れなくてな」
「あんなの序の口よ。酷い時は血の海だよ」
戦闘を見たせいで眠れなかったと勘違いしたのか、真剣な顔で美衣さんが言う。でもあの戦闘で寝れなくなったりはしませんよ。
「マジで?」
だが信じかける俺。
「ウソ」
嘘かよ。おい。
「ホームルーム、始めるぞ」
担任が入ってきて、とりあえず会話は終了。
時は流れて放課後。
「今日はバイトないのか?」
「今日はないわ。でも、寄るところがあるの」
「どこ?」
「博士のところ」
でた。博士出た。正義の味方に武器と知識を与える博士だよ、絶対。
電車通学の彼女は歩いていくと言うので、俺が自転車の後ろに乗せてやる。良かった、俺自転車通学で。
青春してるじゃん、俺。でも向かう先は怪しげかつ近未来的な研究所(多分)だぜ。
彼女の指示に従って自転車を走らせる事、約二十三分。
「ここ」
案外普通の家だった。ただ、「荒谷ラヂオ商会」という看板がある。
美衣さんはカメラ付きインターホンのボタンを押す。
「美衣です」
「ウホッ。待ちわびたよ」
と声がして、ドアが開く。自動ドアなのか、と思っていると、
「$お邪魔しませ〜?」
という意味不明な言葉と共にロボットが現れた。
「なんだこりゃ」
「メイドロボの『何々なのはいけないと思いますVersion3.1』よ」
「何々って何だよ」
「わたしに言わせる気?」
沈黙。
もうどうでもいいか。「何々なのはいけないと思いますVersion3.1」は、ドラム缶から貧弱な手と足(無限軌道)が生えてる感じで、無理やりメイド服っぽい物を着ていた。メイドロボとは言いがたい。
「$*お客様/侵入者*ですくぁ〜?」
と、ドラム缶の上の方からなにやら物騒なでっかい銃をとりだしつつ何々3.1。怖い。
「わたしのアシスタントの斉藤よ。覚えといてね」
え、俺アシスタント?初耳だな。
「$分かりましとぁ〜?:$ごゆっくりどうずぉ〜?」
と、奥へ引っ込んでいく何々。
「怖い家だな」
と正直な感想を漏らす俺。
「変なだけよ」
美衣さんは廊下を進む。
俺もついていくが、何かにつまづいたので下を見ると、気持ち悪いメタリックなものが這っていた。強いて言うなら、サイボーグと化した糸クズ?
「なんだこりゃ」
と本日二度目になる状況確認のためのセリフを吐く俺。
「BEAM-テヅルモヅルVersion1.0だよ」
と、インターホンで聞いた声がする。若い男が立っていた。
「あ、博士」と美衣さん。
こいつが博士か。外見上はまあまあ普通の男だな。
「うん、君が斉藤君だね。うちのメイドから常々話は聞いてるよ。美衣ちゃんの彼氏だって?」
「違うわ。わたし専用のパシリよ」
怒った顔で美衣さん。俺、パシリに降格。あの自転車タンデム走行はパシリへの第一歩だったのか。そして、ツッコミが追いつかん。博士よ、俺があの何々に会ったのは今日が初めてだ。だがとにかく俺はパシリじゃねえ。
「間違えた。ごめんね」
上目遣いで許してビームを出す美衣さん。ふっ、そんな手にだまされる俺では、と思いつつ許す俺。美衣さんかわいい。
しかし雰囲気をぶち壊しつつ博士が言う。
「君、このテヅルモヅル君について知りたいだろ?」
全然。
「このテヅルモヅル君はね、BEAMロボット、つまりBiology, Electronics, Aesthetics, Mechanics Robotと言うんだけどね、とてもシンプルなロボットなんだ。この系統のロボットにはね、脳がないのさ。ナーヴァスネットワークって言うんだ。つまりね、考えないわけ。だから動作は速いし、本能で動いてるような動きを見せてくれるんだ。ある人は、こういったロボットを砂漠に大量に放してね、生き残った奴を月の探索に使おうとしてるんだよ、と言っても僕がその資料を読んだのはちょっと前だし詳しく知らないけどね。でも夢があるだろう?このテヅルモヅル君は、新しい歩行の可能性を見付け出したんだ。こういう神経網だけで動いてるロボットの挙動は楽しいよ、美しいしね。アメンボ型の奴も作り出されてるんだ、何でもいるよ。一本足も、八本足も。生物の動きをロボットにさせようとしてるんだしさ、やっぱり生物っぽいのがいいよね。僕が最初に作った奴はアリ型だったよ。それでね、このテヅルモヅル君は、特殊なカメラを持ってる。紫外線、可視光線、赤外線からα線、β線、γ線、X線まで見れるんだ。すごいだろう?でも中性子は見れないから、僕もまだまだだよね。それからね、今作ってる陽電子スプレーガンなんだけど、これが中性子を使うんだよ。聞きたいだろ?あ、でもテヅルモヅル君の話をしてたんだったね。御免ごめん。でね、このテヅルモヅル君は生きるためにロボット三原則を組み込まれてる。アシモフじゃないよ、A machine must protect its existence. A machine must acquire more energy than it exerts. A machine must exhibit (directed) motion. 簡単に言うとさ、ロボットは自分を守らなければならないとか、より多くのエネルギーを手にいれるよう努力しなければならないとかだよ。アシモフのをインプットするとね、部屋の隅っこでうずくまって心の迷宮入りさ。嫌だよねえ。それからね、僕が今開発中のメイドロボは、全ての御奉仕に対応してるんだ、それこそ、日常のこまごまとした雑用から夜の」
美衣さんは勝手にすたすたと廊下を進む。熱弁を振るう博士を完全無視だ。どうやらそうする事がここでのルールのように感じられたので、美衣さん(と美衣さんの足にまとわりつきつつこちらに手を振るような仕草を見せる糸クズ君)に付いていく。
広々とした真っ白な正方形で、中心に円テーブルがおいてある部屋に着く。
いすを引き出し、我が物顔で座る美衣さん。
「ねえ斉藤」
「おう」
「バナジウム天然水が飲みたいんだけど」
「はい?」
「汲んできて」
「無理だろ」
「無理を承知で言ってるの」
俺がこの発言に困り始めたその時、
「$*バナジウム天然水/南アルプスの雪解け水*でございましぅ〜?」
と何々。どこから出て来たんだ。そしてバナジウムなのか、アルプスの水なのか?
「あら、ありがとう」
普通に飲み始める美衣さん。
「おいしいのか?」
「心なしか塩素の味がするわ」
第三の可能性、水道水って事だな。
そしてまたもや場の空気をぶち壊しつつ、
「おっはようー」
と陽気に博士が入ってくる。元気そうで何よりです。
「博士は今回、何を作ったんですか?」
「んッふー、聞きたいかい?」
「名前と使用法と、使用した結果どうなるかをお願いします、何々さん」
「$はい〜?:$*名称は/使用法は/結果は*ですぬぇ〜?:$*ラメンテイション・コアという/何か適当な物に貼りつける/付けられた物が動き出す*のでしぅ〜?」
「恐ろしいわね」
美衣さんはどうやってこの電波な発言を理解しているのだろうか。
「慣れればたいした事ないの」
「ん〜?美衣ちゃん、もしかして髪形変えた〜?」
「で、なんて言ったんだ?」
「口語訳するとね、『はい、名称はラメンテイション・コアといい、何か適当な物に貼り付けますと、付けられた物が動き出すのです』になるわ」
「さすが美衣さん」
「対策は?」
「ンッふー、それはこのハンマーさ」
と博士。手にしたモニターには不思議な形のハンマーが映っている。
「キモい」
美衣さんが素直な感想を述べる。
「うっ、もう少しオブラートとかお薬飲めたねとかそんな感じのに包んでくれないかな?のどを通らなくてね」
「いと気持ち悪う候」
美衣さん、それは何か違うと思う。
「…まあいいや。これで叩けばラメンテイション・コアははがれる。戦闘になったら渡すからね」
「今渡してください」
「いやだ」
「今」
「やだ」
「い」
「やだ」
沈黙。
「はあ。まあいいわ。シャクティソードと違って持ち運べなさそうだしね」
「シャクティソードって、戦闘の時に使ってたナイフか?」
と聞いてみる俺。
「そう。特殊な硬質セラミックで出来ていて、血液その他の液体を全てはじくの。で、刃の表面には細い電線が通してあって、」
「おう」
「切った瞬間相手に電流を流すの。ビリビリって」
痛い攻撃だな。ビリビリってレベルじゃねぇぞ。
「ンッふー、それは殺傷力より士気を奪うためのものだからね」
「他にも何か携帯武器はあるのか?」
「強制無気力電波銃ってのがあるけど、あんまり使わないわ」
「どんな銃なんだ?」
「わたしに言わせる気?」
またか。
「うん、その銃は今のところ男にしか効かないんだけどね、特殊な電波を発生させて前立腺を刺激して」
「ねえ斉藤。用も済んだし、帰ろうか」
「そうだな」
俺らは博士を無視。帰り支度を始める。
「じゃあ何々さん、さようなら」
「$さようならぁ〜?」
俺は自転車で美衣さんと共に学校の最寄り駅へと向かった。
ありがとう、と美衣さんは言った。
「ありがとね、乗せてくれて。じゃあ、また月曜日に」
「ああ、じゃあな」
なんだかんだ言って、結構楽しい。戦闘ヒロインのアシスタント?悪くないじゃないか。
しかし、俺はようやく驚愕の事実に気づく。
博士は何たらコアを作り、それがブラックゴッドの武器となるらしい。そして、その対抗策としてハンマーが美衣さんに渡される。つまり、博士って。
博士って、ブラックゴッドにも美衣さんにも武器を支給してんじゃねぇか!
そしてまた次の日、放課後。
とぅーとぅとぅとぅーとぅとぅとぅーとぅとぅとぅーとぅとぅ・とぅーとぅーとぅーとぅーとぅー♪
と美衣さんの携帯電話が鳴る。
あれ?着メロが変わってる。
「ん?バイトだ」と美衣さんがつぶやく。
「月一じゃなかったのか?」
「この前のは、治安破壊行動に入れられなかったそうだわ。また愚痴ってる」
そりゃ、駅前に不法駐輪しようとしただけだもんな。
「ここから近いとこに来るみたいね」
「どこだ?」
「───って店の所に出るみたいなんだけど、」
彼女は俺の家の近くにある自転車屋の名前を言った。
「そこ、俺ん家から見えるぞ」
「ほんとに?じゃあ一緒に行こうかな、斉藤ん家で時間もつぶせそうだし」
急展開。美衣さんが自宅に来る。どうしよう、やばい。前に俺の部屋を掃除したのはいつだっけ。
「よほうし、じゃあ、そういうことで」
「声がおかしくなってるけど、どうしたの」
俺の顔を覗き込む美衣さん。やばい。メーター(何のかは自分でも不明)が振り切れちまう。
「なんでもないのですよ、美衣さん」
「ふうん。」
まあいいかどうせ斉藤は変人だし、と思ってるような顔をして美衣さんは言った。
自転車二人乗りで、俺の家に帰る。途中、赤信号に二回引っかかったり、買い物帰りの主婦にじろじろ見られたり、塾帰りの中坊集団にこれまたじろじろ見られたりしながら。
「で、いつ敵は来るんだ?」
「詳しいことはまた連絡が来るみたいだけど、」ネットサーフィンをしながら美衣さんは答える。
「おう」
「七時くらいじゃない?」
後一時間半もある。
もちろん、すでに美衣さんと俺は、俺の自室に納まっている。その前に勃発していた「片付け戦争in俺の部屋」は筆舌に尽くしがたい。
自分の部屋なのに所在無げにしている俺を尻目に、美衣さんは俺のXPで遊んでいる。楽しそうだ、が。
「うあ、ちょっと美衣さんっ!お気に入りと履歴は見ちゃだめですってば!」と、なぜか敬語で叫ぶ俺!
「へー、斉藤ってやっぱり変態だね」
何とでも言え、俺は三点リーダを連続させつつ打ちひしがれてやるさ。
…………………………………………………………………………。
…………………………………………………………………………。
…………………………………………………………………………。
「斉藤、落ち込み方まで変態だね」
打ちひしがれて体育座りしている俺を一瞥し、追い討ちをかける美衣さん。
その時。
とぅーとぅとぅとぅー(中略)とぅーとぅーとぅー♪
と福音が。
「店長か?」
「そう。一九時一五分にあの自転車屋で良いみたいね」携帯の画面を確認しながら美衣さんが言う。
「準備とかは良いのか?」
「シャクティソードはあるし、無気力銃もあるし。ハンマーは戦闘開始時に貰えるでしょ」
「そうだったな」
「そうだ、シャクティソードの予備を貸してあげるわ。また捕まりたくないでしょ?」
「まあな」
ありがたくキャップ付きナイフを貰い、ポケットに入れる。鞘走ったりしないだろうな。
「そういえば、あのアホどもはお前がアルバイトだって知ってるのか?」
「あいつらは知らない。わたしがアルバイトだって知ったら真面目に仕事しなくなるからって店長が」
「徒労軍団か」まあアホどもだから仕方ないな。
「で、わたしはお腹がすいたんだけど」
「ああ」確かに。俺もそろそろ飯かな、と思ってた所だ。
「ナポリタン。タバスコとパルメザンチーズもつけて」
そんな注文するように言わないでくれ。俺はなんとなく周りを見渡す。当然ながら何々さんはいない。お袋も親父も今はいないし。てか、親父はいてもカップラーメンしか作れないけど。
「俺が作らなきゃならんのか」
「作って」
美衣さんの上目遣いに負けて、俺は一階にあるキッチンへ向かう。
電子レンジで調理できるパスタ茹で器でスパゲッティを茹でる。二人前はスパゲッティの袋に書いてある時間にプラス八分とあるから、十三分間レンジにかけた。ナポリタンのレトルトパウチは温めずに皿にあける。麺と混ぜれば温まるだろう。十三分経ち、茹で上がった麺をオリーブオイルと和えてから、皿にあけて混ぜる。お盆にフォークとタバスコ、パルメザンチーズと共にのせてから、二階の俺の部屋へ。
「御注文の品でございます、お客様」俺は扉を開けて中に入りつつ言う。
美衣さんは俺の机の上でヨガ?をしていた。なぜそんなところで。無作法極まりないし。
「ん、斉藤。あのさ、どっかに置いといて」足を伸ばして上体をひねりつつ、美衣さんが言った。
あなたが机を占拠してるんですよ。うん、美衣さんも十分変人です。
「いいもん、斉藤と違って変態じゃないから」
ちぇっ。
二人で楽しくナポリタンを食べ(美衣さんはタバスコをかけすぎて泣きそうになりながらも完食)、マンガ本を読み、そして、
午後七時十分。
「行こうか」
「おう」
自転車屋へと、川沿いの道を歩く俺達。とはいえ、コンクリート護岸で垂直な川岸だし、川と言うよりバカでかいドブだし、桜とかもないし、水も大して流れてないし、ムードもなかったけどな。
閉店後の自転車屋に着き、ガラスの向こう側に大量の自転車と、動く影。
「アホどもね。博士はまだかしら」
「ああ、」遅いなあの野郎、と言いかけたその時、
自転車屋に面するコンクリート護岸の川のかなたに、かなり明るい光が見えた。それはどんどん大きくなって、つまりこっちに近づいてきて、俺達はそれが何かを悟った。
「新幹線…?」と美衣さん。
N700系だった。呆然としている俺達の前で、水しぶきを上げながら停車するN700系。ガラスの向こうのアホどもも固まっている。
扉が開き、明るい車内から喫茶店のウエイトレスみたいな女性?が出てきて、
「あらあらどうもー!メイドロボのピスティル700でーすっ!」元気ハツラツな感じでそう名乗った。
「はあ」と、開いた口がふさがらない美衣さん。俺も同様。
「そんでこっちが、」とN700系を示し、
「ネオモビールのペタルN700でーす!」
窓を七色に光らせて返答するペタルN700。こっちにも意思があるのか。
「わたし達はですね、美衣さんに、ビシッ、博士からのお届け物を運んできたのでーす!」
ビシッと言う擬音を自分でいいながら美衣さんを指差すところが変人、いや、変態メイドロボっぷりを表している。
「はあ」と美衣さん。博士、いつこんな物を作ってたんだろう、という顔で俺を見る。だが見られても困る。
「で、ハンマーなんですが、それに関して博士からお電話でーす!」
と、ピスティルさんからテレビ電話を渡される美衣さん。
言われるままに受け取り、受話器をとる美衣さん。
「もしもし、美衣です」
「ガガ……もし…し、美衣ちゃん」
どんな電波で通信してるのやら。かなりノイズが入ってる。
「はい」
「その、…ルディ……ンハンマーは、…」
「はい?」
「ガガッ…ガガガッ……ない…ガガッ、ピッ・ツー・ツー・ツー…」
切れた。
「なにハンマーって言った?」とピスティルさんに聞く美衣さん。
「存知ませんねー」とピスティルさん。
「何を言いたかったのかしら」
「はいっ。そのハンマーは、……」
「うん」
しかし、なぜか妙な顔をするピスティルさん。
「どうしたの?」と、ピスティルさんの顔を覗き込む美衣さん。
「忘れちゃいましたー!」
明るく言われても困る。
「もう。まあいいわ。とにかく渡してよ」
「じゃあ、こちらへどうぞ!」と、ピスティルさんはペタルN700の中に入るように言う。
「なんで?」
「お着替えでーす!もし美衣さんがこんな野外で着替えたいという特殊な趣味をお持ちでしたら、ここに着替えを持ってきてもよろしいですが!」
「中で着替えるわよ、もちろん。でもなんの為に着替えるのよ?」
「ハンマーと体を同調させるためだそうですけど、詳しくは知りませんねー」
「そう。じゃあ仕方ないわね」
ペタルN700に乗り込む美衣さんについて行こうとした俺は美衣さんに蹴り落とされた。別に変な気があったわけじゃ無いのだが。
しばらくしてペタルN700から出てきた美衣さんは、何も変わらず制服姿だった。右腕に変なものを付けてはいたが。
「ほんとに着替えたのか?」
「服の下に、水着の裏に電極がついたようなのを着たのよ」
へぇ。
そして、ピスティルさんからハンマーを貰う美衣さん。確かに気持ち悪い形をしている。
「案外軽いのね、これ」
美衣さんの顔よりでかいハンマーヘッドを持つそれを、美衣さんはぶんぶん振り回している。
その時。
「なんだ?」ガラスが割れる音がして振り返ると、自転車屋から何かが現れた。
「これがラメンテイションなの?」
二メートルを超える巨体を持つ人影。ペタルN700の窓から漏れる光に照らされた体は、ところどころ自転車の面影を残していた。
「やるしかないですよー!」
とピスティルさんが言う。
「ハンマーで叩けばコアははがれるんでしょっ!」
と美衣さんが叫んで駆け出した。
ラメンテイションとの距離を一気に詰め、美衣さんはハンマーを振り下ろす。
金属と金属がぶつかる音がした。しかし、ラメンテイションは止まらなかった。
左腕で美衣さんを殴り数メートル吹っ飛ばし、右腕から自転車のゴムチェーンを放ち、美衣さんを絡めとる。
「どうなってんのよ!」と身動きとれずに叫ぶ美衣さん。
そこで、なぜか晴れやかな顔をするピスティルさん。
「思い出しました!そのハンマーは、敵と一定以上交戦してからじゃないと効果を発揮しません!」
「なんで!」と苦しそうに美衣さん。
「すぐに倒しちゃうとつまらないからだと、博士が言ってましたー!」
くだらねぇ。
しかし美衣さんのピンチ。俺はシャクティソードを取り出し、駆け出す。
ゴムチェーンを切ろうとするが、全然切れない。そんなことをしてる間に、ラメンテイションが歩み寄ってくる。
「くそっ」
「どいて下さい!斉藤さん!」
と、ピスティルさんが走ってくる。
「ペイント系、切り取りツール!」とピスティルさんが叫ぶと、ピスティルさんの目の前に刃渡り80センチくらいのでっかいハサミが現れた。
「とりゃー!」
それを使ってチェーンを切るピスティルさん。ぎざぎざした断面を残し、簡単に切れる。
開放される美衣さん。ハンマーを投げ捨て、シャクティソードを構える。
美衣さんを狙って腕を真横に薙ぐラメンテイション。
美衣さんはそれをかがんでよけ、横に跳ぶ。そして、ナイフを思いっきりラメンテイションのわき腹に突き刺す。
火花が散る。しかし、ラメンテイションは動き続けた。
腕を振り上げるラメンテイション。美衣さんはナイフを抜こうとするが、金属の体から引き抜くことが出来ない。一瞬動きの止まった美衣さんに、非情にも腕が振り下ろされる。
「オンカーブ点!」
とピスティルさんが叫び、小さな紙切れ状の物を二個ラメンテイションの腕に投げつけ、指を振る。すると、ラメンテイションの腕があらぬ方向に曲がった。
「すごいな、ピスティルさん」
「それほどでもー!」
しかし、ラメンテイションの動きは止まらない。
「いつまで戦えばハンマーが使えるの!」
美衣さんが聞く。
「使えるようになればアラームが鳴ります!そしたら、右手首の制御バンドにあるボタンを1、2、3の順に押してください!そうすれば安全装置が解除されてハンマーが使えるようになりますから!」
「分かった!」
左腕を復元したラメンテイションは美衣さんに向かってタックルを仕掛ける。美衣さんはよけようとするが、よけきれない。
「きゃあっ」
吹っ飛ぶ美衣さん。俺は駆け寄ろうとするがピスティルさんに止められる。
「危険です!あなたは下がっててください!」
でも、となおもすがろうとする俺に、
「美衣さんは大丈夫です。インナースーツがダメージを軽減してくれます!それに、あなたは防御も攻撃も出来ないです!」
美衣さんはラメンテイションから走って距離をとろうとする。
くそっ、俺は結局アシスタントかよ、と唇をかむ俺に対し、
「今度博士に頼んで、あなた用の武装を作ってもらいます。そしたらあなたも戦えます!今は待って下さい!」と諭すように言って、美衣さんが投げ捨てたハンマーを拾い、俺を残してラメンテイションを追いかける。
俺はちょっと迷ったが、結局追いかけた。美衣さんを放っては置けない。
俺は美衣さんに追いついた。そこは高速道路の高架下で、かなり暗い。遠くの街灯から届く弱々しい光が、唯一ここを照らしている。進入禁止の金網を突き破り、太い柱に支えられた道路の下に出来る狭く細長い空き地のような場所で、美衣さんとピスティルさんが、自転車用ライトを光らせたラメンテイションと戦っていた。
走り寄る俺。気づいたピスティルさんが言う。
「来ちゃったんですね」
俺は走り続ける。
美衣さんに向かって自転車のチェーンを鞭のように振るっていたラメンテイションが、俺に気づく。胸部からタイヤが俺に向けて射出された。避けきれない。俺は反射的にナイフを構えるが、防御も絶望的だ。
「ドロー系、円ツール!」
ピスティルさんが叫ぶと、俺の前に黒で塗りつぶされた円が現れ、タイヤを跳ね返し、円は輪郭から消えていく。
「斉藤!危ないからお前はあっち行ってなさい!」
美衣さんが叫ぶ。本当に心配してくれてるような口調だったので、俺はおとなしく金網の後ろに下がり、事の成り行きを眺める事にした。何も出来ない俺自身に腹を立てながら。
チェーンの鞭を巧みによける美衣さん達。ピスティルさんが球体を投げつけ、ラメンテイションの一部を壊す。
だが、その次に放った球体は、ラメンテイションが振り回す自転車のフレームで跳ね返されてしまった。
「えーっ!」
と叫ぶピスティルさんに向かって、ラメンテイションはタイヤを射出する。タイヤがクリーンヒットし、ピスティルさんの体が火花を散らす。
「ハードが使えなくなっちゃいましたー!美衣さん、ごめんなさい、戦えませんー」
情けなく言うピスティルさん。
「もう!」と言う美衣さんに向かって、ラメンテイションが突進する。横に跳んで逃げる美衣さん。ラメンテイションは思いっきり道路を支える柱に突っ込んだ。ひびが入る柱。だが、ラメンテイションはすぐに立ち直りもう一度美衣さんに向かって走る。今度は自転車のフレームを剣のように構えながら。
「くっ」
逃げる美衣さん。ラメンテイションはフレームを振り上げながら間を詰める。
高速道路の高架下を走り続ける美衣さん達。
そして。
美衣さんの右手首から、ヴー、ヴー、とアラームが鳴った。
「ハンマーが使える!」
走るのをやめる美衣さん。そのすぐ脇にフレームが振り下ろされる。美衣さんはハンマーを探すが、見つけられないようだ。ハンマーは俺の近くに落ちていた。
「美衣さん!」
俺はハンマーを拾い、大きさのわりに軽いそれを美衣さんに向けて投げた。
ラメンテイションがフレームを振り上げる。
ハンマーを受け取った美衣さんは、右手首のボタンを押す。と、電流の火花が散り始めるハンマー。
ラメンテイションがフレームを振り下ろすが、美衣さんの方が速い。
「うおりゃー!」
ハンマーを思いっきり叩き付ける。
ゴン、と鈍い音がして、ラメンテイションが動きを止める。
崩れ落ちるラメンテイション。ぐちゃぐちゃになった自転車の塊が美衣さんへと倒れた。
「きゃあっ」
俺は美衣さんに駆け寄る。
「大丈夫か!」
ゆがんだ自転車をどかし、美衣さんを助け出す。
「ありがとう、斉藤」
と言って、美衣さんは笑った。ところどころ制服が破れている。
「どういたしまして」
と、遠い街灯から届く弱い光の中で、俺は答えた。
それから一ヶ月経ったが、まだ俺用の武装は貰えず、依然としてアシスタントにとどまっている。変わった事と言えば、美衣さんの給料が上がったことくらいだ。
現在美衣さんはピスティルさんと共に、エアコンのラメンテイションと戦闘中だ。シャクティソードを持ち、制服の裾を翻しながら。
俺はハンマーを持って待機している。
美衣さんの右手から、アラームの音が聞こえるまで。